マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 聖霊降臨

聖 霊 降 臨 1. 初めの讃歌 聖霊の続唱 (典礼聖歌 352)

2.導入 「神は愛です」(Iヨハネ4:8,16)。そして愛は最初の賜物であり、他のすべての賜物を含みます。「わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心にそそがれているからです」(ローマ5:5)。ところが私たちは自分の生き方の内に愛が欠けていることを自覚します。私たちは自らをキリスト者、キリストに従う者と呼びます。しかし私たちの生活はしばしばその唱えることと相反しています。同じヨハネの手紙の中で聖ヨハネは言っています。「神は愛です」、また「『神を愛している』と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」(Iヨハネ4:20)。ですから私たちは、私たちの生活に愛が欠けていることを、主に赦しを求めることから始めましょう。

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊に対する祈り(第一日と同じ)

6.ことばの祭儀
  聖書箇所 使徒2:1~4、33~36〈朗読〉
  賛歌   キリストにはかえられません(「主に賛美」p139)
  福音   マタイ16:24~27(朗読)

7.説話のポイント
  -「私のために命を捨てる者は誰でもそれを見出す」。十字架上でイエスは、この言葉の意味を教えられました。「キリストは自分を無にして、それも十字架の死に至るまで、従順でした。」 これは、私たちに対するイエスのチャレンジです。
  -「このため神はキリストを高く上げられた」。イエスの御父への全き従順は、その人間性に聖霊の「全き賜物を受けさせることになりました。この「高く上げ」というのは復活です。もしイエスに従うなら、私たちもその栄光に与かると信じています。
  
  -私たちはすでに、洗礼によってイエスの神の愛の全き賜物に与かっています。神の愛の賜物の最初の効果は、私たちの罪の赦しです。聖霊の賜物は、洗礼を受けた者たちに、罪によって失われた神の命を回復させます。

  -この聖霊の力によって、神の子たちは、多くの実「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」を結ぶことが出来ます(ガラテヤ5:22~23)。

  -聖霊の賜物を確保するために、イエスが私たちに取り上げるように求められる十字架は、何も特別なものではありません。それは神への愛、私たちの家族、隣人、友人に対するまことのキリスト者として生きる上での日々の困難、ときどき私たちを怒らせ、落ち込ませる同じ困難からなります。それは簡単、ごく普通のことですが、仕えられるためではなく、仕えるために来られたイエスが辿られた道です。私たちはイエスのことばを信じ、イエスが私たちに勧める命の価値を信じなければなりません。それは聖霊の力による私たちの復活への道です。

8.賛歌  主の前にひざまずき(「主に賛美」p164)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 ハレルヤ 私はクリスチャン(「主に賛美」p22)
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 第九日 聖霊の傑作マリア

第九日 聖霊の傑作マリア

1. 初めの賛歌 マグニフィカト(「主に賛美」p110)

2. 導入 神の母、聖なる乙女マリアは、御子と聖霊の使命の最高傑作です。聖霊がマリアを準備されたので、御父は御子と聖霊が人類の間で住まわれることの出来る住まいを見つけられました。私たちは、マリアが聖霊の霊感に応えられたようにはできなかった自分たちの多くの失敗を認めることによって、マリアと聖霊についての黙想を始めます。私たちは祝された乙女マリアに祈ります。「私たち罪人のために今も死の時もお祈りください、アーメン」

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊に対する祈り(第一日と同じ)
6.ことばの祭儀 
  聖書箇所 箴言8:1~9(朗読)
  賛美  主のことばを待ち望む(「主に賛美」グリーン本p21)
  福音  ルカ1:46~55(朗読)

7.説話のポイント
  -永遠の御子を宿しておられたマリアが、“マニフィカト”で聖霊に満たされて御父に捧げたのは、神の民全体の、従って教会の、感謝でした。
  -マリアにおいて聖霊は、御父の愛に満ちた慈しみの御計画を成就されます。聖霊と共に、聖霊によってマリアは身ごもられ、神の子をお産みになりました。聖霊の力とマリアの信仰によって、マリアの処女性は特別な仕方で実を結んだのです。
  -マリアは神の最後の顕現である燃える柴でした。聖霊に満たされて、マリアは言(ことば)を肉の謙遜の内に、目に見えるものとされました。マリアがイエスを知らしめたのは、貧しい人々、最初の異邦人の代表者たちにでした(ルカ1:15~19、マタイ2:11)。
  -最後に、マリアを通して、聖霊は、人類に憐れみ深い愛(ルカ2:14)の対象である人類に、キリストとの一致をもたらし始めたのです。そして羊飼い、三人の博士、シメオンとアンナ、カナの花嫁・花婿、最初の弟子たち、謙遜な者がいつも最初にキリストを受け入れる人々でした。
  -マリアは婦人、新しいイブ(生ける者の母)、全キリストの母となりました。マリアは、十二使徒と共におられ、皆は心を一つにして祈り続け(使徒1:14)、ついに祈りの最後の日の朝、聖霊が教会を創立されたのです。
  -私たちの母マリアは、神の愛を世に知らしめるために、キリストによって私たちに与えられた使命を遂行するのを助けてくださいます。

8.賛歌 めでたしマリア(「主に賛美」p38)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 サンタ・マリア(「主に賛美」p115)

 第八日 聖霊と教会

第八日 聖霊と教会

1. 初めの賛歌 主に賛美(「主に賛美」p30)

2.導入 ノベナの間、私たちはイエスと聖霊の共同の使命について思い起こして来ました。教会に聖霊を送るとの約束をイエスがどのように果たされたかを見ました。教会の一員として私たちは洗礼によって赦され、復活の主の新しい命に与からせていただきました。ですから今日、私たちにご自身と聖霊を与えてくださったことを深く意識しながら、私たちは謙遜に感謝の心で主を賛美するために集います。

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊への祈り(第一日と同じ)
6.ことばの祭儀 

  聖書箇所 ローマ8:12~16
  賛歌 めでたしマリア(「主に賛美」p38)
  福音 ヨハネ15:8~16(朗読)

7.説話のポイント
-キリストの使命は、キリストの体、聖霊の神殿である教会の中にあって完成されます。
-この共同の使命は、これからは、キリストを信じる者を、聖霊の内に御父との一致に与からせます。
-聖霊は、キリストに引き寄せるために、人々を整え、恵みをもって人々に臨まれます。聖霊は、復活の主を人々に示し、主のことばを思い起こさせ、死と復活の意味に心を開かせ、とくに聖体の内なるキリストの神秘(隠れた現実)を、彼らに現実のものとし、神と一致させ、多くの実を結ぶようにさせます。
-こうして教会の使命はキリストの使命に付け足されたものでなく、その秘跡(そのしるし、道具)です。
-教会は、その全体において、そのすべてのメンバーにおいて、聖三位一体の一致の神秘を告げ、証しをし、現実のものとし、広めるために遣わされます。
-私たちの使命を果たすためには、プライベートな、個々人のキリスト者としての生活を目指すだけでは十分とは言えません。私たちと他の人々との一致の関係は私たちの使命の核心です。キリスト者であることは他の人びとに手を差し伸べることです。私たちは共同体の中で、共同体を通して救われるのです。

8.賛歌 父よ、父よ(「主に賛美」p45)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 わたしたちはみ国の世継ぎ(「主に賛美」p12)

 第七日 イエス・キリスト

第七日 イエス・キリスト

1. 初めの賛歌 主イエスの十字架の血で(「主に賛美」p120)

2.導入 キリストは聖霊によって油注がれた者です。イエスは「私の食べ物は父のみ心を行うことである」と言われました。それは油注がれた者、メシヤのしるしです。それはイエスの生涯の働きでした。それを、「私の霊を御父のみ手に委ねます」と言われて、十字架の上で完成されました。
 洗礼のとき、私たちは同じ聖霊の油注ぎを受けました。それなのに私たちはどれほどしばしば神のみ旨を行うのに失敗したことでしょう! 犯した罪によって、私たちは与えられた聖霊の油注ぎに逆らうのです。ですから今日、従順、神からの愛、隣人からの愛において失敗した赦しを願い求めることから始めましょう。

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊への祈り(第一日と同じ)

6.ことばの祭儀 
  聖書箇所 フィリピ2:5~11
  賛歌   聖い御霊よ (「主に賛美」グリーン本 p39)
  福音   ヨハネ20:19~23(朗読)

7.説話のポイント
 -キリストのすべての働きは、聖霊と共同での使命です。
 -イエスは、その死と復活を通してご自身が栄光をお受けになって、初めて聖霊を完全に示されました。
 -イエスはしばしば聖霊のことを口にしておられます。私の肉は世を生かすための食べ物である(ヨハネ3:5~8)と言われたとき、またニコデモに語られたとき(ヨハネ3:5~8)
 -祈りについて語られたとき、弟子たちに聖霊のことを、また弟子たちが担わねばならない証しについて語られたとき(マタイ10:19~20)
 -栄光に上げられる時が来たとき初めてイエスは聖霊が来られることを約束されました。
 -死と復活が御父になされた約束を果たされます(ヨハネ14:16~17)
 -聖霊は永遠に私たちと共にいてくださいます。私たちにすべてを教え、キリストが語られたことをすべて思い出させてくださいます。
 -死者の中から復活されたキリストは、弟子たちに息を吹きかけて、聖霊をお与えになります。
 -このときからキリストと聖霊の使命は、教会の使命となります。私たちもこの使命に与かるのです。私たちの使命は、イエスが生きたように、神のことばに対する愛に満ちた従順な生活によって、聖霊を世に示すことです。私たちはこれを家庭の中で、友人間で、愛と奉仕の模範によってすることが出来ます。神のみ心に従うことが人生の完成への確かな道であると信じて。
 -私たちの救いのために、主がご自身と聖霊の賜物をお与えくださったことに対して主を賛美しましょう。

8.賛歌  御手の中で(「主に賛美」p129)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 感謝す 主の愛を(「主に賛美」p58)

 第六日 メシアとその霊の期待

第六日  メシヤとその霊の期待

1.初めの賛歌 スピリットソング(「主に賛美」p99)

2.導入 旧約において、人々は約束されたメシヤを期待して待っていましたが、神の言葉を無視していました。これは人びとを挫折、失望、捕囚へと導きました。シメオンやアンナのようなわずかの人びとだけが、イスラエルの慰め(ルカ2:25)、エルサレムの救い(ルカ2:38)を待ち望んでいました。イエスの公生活の間、弟子たちでさえ、自分たちの望みを実現し、自由をもたらしてくれる政治的指導者を待ち望んでいました。    

 このテクノロジーと物質的進歩の時代に、私たちは何を待望しているでしょうか。何に私たちは希望をおいているでしょうか。私たちの経験によれば、暴力と不正は依然として盛んです。これらの問題を除くために、私たちは誰に信頼すればよいのでしょうか。彼らはその実現に導いてくれません。私たちと信じない人々の間にどんな違いがあるというのか、問うて見なくてよいでしょうか。私たちは神と御言葉に対する信仰と信頼の欠如に対して、今日、赦しを願うことから始めましょう。

3.悔い改め (第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊への祈り(第一日と同じ)

6.ことばの祭儀 
  聖書箇所 イザヤ11:1~2(朗読)

7.説話のポイント
-これらの預言の言葉や他の預言によって、神は約束の言葉によって人びとの心に語りかけられました。聖ペトロは五旬祭の日の朝、その成就を宣言しました。(使徒2:17~21)

 -これらの約束は何を意味するのでしょうか。それは世の終わりに、主の霊が民の心に新しい掟を書き記して、民の心を新たにすると宣言することです。神は散り散りに分裂していた人びとを集め、和解させられます。神は最初の創造を変えて、平安の内に御自分の民とそこに住まわれます。

 -二種の人びとがイエスのことばを聞きに来ました。富と権力があり、影響ある地位にあって安泰な人々は、イエスのことばを聞いてもほとんど期待もせず、みことばを受け入れもしない人々です。貧しく、学問もなく、権力もなく、不安定な人々は大勢来てイエスのことばを聞き、信じました。弟子たちは後者に属していました。  

 -私たちはどちらのグループに属するでしょうか。私たちは今の地位に満足し、救い主を必要とすることが分からないほど社会的地位と教育に守られて、満足しているのでしょうか。それとも自分個人の問題を解決することも出来ないことを自覚し、周りの社会の不正に心を痛め、イエスのもとに行き、その助けを求める必要を分かっているでしょうか。私たちの祈りの生活がこれを示します。
 -私たちは、聖霊を私たちの上に、周りの世界の上に送ってくださるように、救い主に祈っているでしょうか。それともずい分と祈りを怠っているでしょうか。
 イエスは貧しい人々、苦しむ人々、無力な人々に対する心遣いから、ご自分の上に来られた聖霊の効果をお示しになりました。その同じ聖霊が洗礼の時に私たちにも臨んでくださったのです。私たちはイエスと同じように聖霊に導いていただいていますか。今日の世の中で、不正に苦しんでいる大勢の人々のことを、心にかけているでしょうか。それに対して私たちは何をしているでしょうか。家族の中に私たちの助けを必要とする人がいますか。その人々を助けるために、イエスのように、私たちも聖霊の促しに従い、助けの手を差し伸べるでしょうか。

 これが私たちの使命です。私たちに対する神の愛に与かりながら、他の人々と愛と思いやりを分かち合うことによって、この証人となるよう、呼ばれているのです。

8.賛歌 告げよ 地の果てまで(「主に賛美」p29)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 子羊イエスよ (「主に賛美」p162)

 第五日 聖霊の臨在

第五日  聖霊の臨在

1.初めの賛歌 主イエスを喜ぶことは(「主に賛美」p123)

2.導入 私たちは旧約聖書の内に、神からの救い主の約束は、預言者によって繰り返されましたが、民は繰り返し堕落しつづけました。民の指導者たちは、神によって与えられた掟を拠りどころとせずに、外国の勢力と同盟を結び、民は偽りの神々を拝むことによって、周辺の異教の民の慣習に倣いました。神はご自分の名によって語る預言者たちを送られました。神がこれらの預言者たちにしばしば現れられたのは,ご自分の現存を、民に対する愛を、思い起こさせるためでした。モーセは申命記7:7~8においてこのことを民に思い起こさせ続けています。今日、私たちは信仰によって、神がすでに、約束された救い主を遣わされたことを知っています。しかし私たちは相変わらず同じように誘惑を受けています。私たちはややもすると、現代社会の物質主義と個人主義を追い求め、富、放縦、権力欲に希望を置いています。利己主義は家庭に、隣人との間に、絶えず緊張の原因となり、国々、共同体間の流血の原因となっています。救済策は神に立ち返ることです。私たちは信仰の欠如の赦しを願い求め、今こそ立ち返りましょう。

3.悔い改め(第一日に同じ)
4.謙遜の祈り(第一日に同じ)
5.聖霊への祈り(第一日に同じ)
6.ことばの祭儀 
  聖書箇所 ガラテヤ3:24~28(朗読)
  賛歌   われらは一つ(「主に賛美」p10)
  福音   マタイ17:1~9(朗読)

7.説話のポイント
 -聖霊の現存はその臨在に示されます。
 -出エジプト13~21 雲の柱と火の柱
 -同じ聖霊はキリストの生涯の内に働いておられます。聖霊がマリアに臨み、その上に力が臨みます。
 -山上の主の変容で、聖霊が、雲の中から降りて来て、イエス、モーセ、エリア、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを包み、主の昇天の日に雲がイエスを取られて弟子たちの目から見えなくし、再臨の日に神の子としてのイエスを現されます。
 -第一朗読で聖パウロは、信じて洗礼を受ける者の上に、これらすべてのことの結果を告げています。彼らは神の子とされ、私たちはキリストにあって一つです。
 -私たちの使命は、私たちの模範の光によって、私たちの人生の内におられる聖霊の現存を表すことです。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。

8.賛歌 威光、尊厳、栄誉(「主に賛美」p169
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 Walk in the Light(「主に賛美」p103)

 第四日 神の救いの計画における聖霊の役割

第四日  神の救いの計画における聖霊の役割

1.初めの賛歌 威光、尊厳、栄誉(「主に賛美」p169)

2.導入 人類の物語は神の憐れみと愛の物語です。人類が恵みを拒絶した後、救い主が来られて新しい命の約束がありました。神は恵みを与え、私たちがそれを拒むというのが、今日でも繰り返されています。神の愛は永遠です。もし私たちが心の奥深くの望みを実現したいなら、神の愛に心を開くことから始めなければなりません。そのためには、自分の過ちを認め、失敗の赦しを願わなければなりません。

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜の祈り(第一日と同じ)
5.聖霊に対する祈り(第一日と同じ)
6.ことばの祭儀 
  
  聖書箇所 創世記1:26~27、2:7 (朗読)

7.説話のポイント
 -イエスは良い知らせ、新しいアダムです。
 -お告げは世界の救いの神のご計画を示します。
 -聖霊がマリアに降り、力が包む、は比喩的に理解しなければなりません。
 -それは神の神秘的な介入、約束の実現、イエスがメシヤ、神の御独り子であることを意味します。信仰をもって、私たちは完全な人であり、真の神であるイエスを信じなければなりません。
 -イエスは神の独り子、まことに歴史における神の現存です。
 -イエスの弟子である私たちは、神の意志であり、遂行であるみことばを心から聴くことが求められます。
 -私たちの使命は、イエスのように私たちも献身、奉仕、愛に生きることによって、神の愛を知らしめることです。

8.賛歌 驚くばかりの(「主に賛美」p18)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 栄光イエスにあれ(「主に賛美」p117)

 第三日 聖霊のみ名、称号、シンボル

第三日目  聖霊の御名、称号、シンボル  

1.初めの賛歌 今、聖い御霊よ(「主に賛美グリーン本」p39)

2.導入 教会は聖霊の御名を「ルア」(神の息)から受け、洗礼において「父と子と聖霊の御名によって彼らを洗う」と宣言します。聖霊という名は息、空気、風を意味します。これが、イエスがニコデモに語られたときのイメージです。「はっきり言っておく。人は、水と霊によって生まれなければ、神の国を見ることはできない。」私たちは皆洗礼を受け、「神の本性にあずからせていただきました」(IIペトロ1:4)。それでも私たちは、この神の本性を私たちの内に成長させていただくのに失敗します。聖パウロのガラテヤ5:19~21(読むこと)に書かれている肉の業にしばしば負けるのです。「神の息吹」聖霊に逆らう私たちを自覚して、赦しを願いましょう。

3.悔い改め(第一日と同じ)
4.謙遜を求める祈り(第一日と同じ) 
5.聖霊に対する祈り(第一日と同じ)

6.ことばの祭儀 

  聖書箇所 ローマ8:6~11(朗読)
  賛歌   暗闇に光(「主に賛美」p63)
  福音   ヨハネ14:16~17、26~27(朗読)

7.説話のポイント
 -イエスを信じる者として私たちは悪に直面して無力感、落胆に導かれてはなりません。
 -私たちは戦いの中にあって一人ではありません。「私は御父に祈ります。御父はもう一人の弁護者を遣わし、その方はあなたと共に永遠におられます・・・」
 -イエスが第一の弁護者です。私たちのイエスの言葉に対する信仰と信頼は、深く絶対のものでなければなりません。
 -イエスはまた聖霊を真理の霊と呼ばれます。聖霊は私たちに真理を教え、真理に生きるのを助けてくださいます。
 -水は、洗礼において私たちの内に働かれる聖霊のしるしであり、その中で聖霊は「湧き上がる永遠に生ける水」(ヨハネ4:10~14)を与えられます。
 -塗油:キリストは「油注がれた者」、「メシヤ」、聖霊に満たされた者です。この聖霊の満たしを私たちは堅信の秘跡を通して受け、キリストの塗油に与かるのです。

8.賛歌 聖なる地(「主に賛美」p152)
9.祈りましょう(第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 愛するわが主(「主に賛美」p153)

 第二日

第二日  御子と聖霊の共同の使命
1. 初めの賛歌 聖霊来てください(福者ヨハネ・パウロ二世の詞、蓮沼裕子作曲)

2. 導入 「神は,その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16)私たちはこの御言葉をよく知っています。御子と共に、神は聖霊をもお遣わしになりました。聖霊は愛の霊だからです。御父と御子と御一体である聖霊は、お二方から決してお離れになることがありません。御子と聖霊はそれぞれ異なる位格でありながら、決してお離れになりません。聖霊を忘れることは、私たちの側の多くの過ちの元です。「神は愛です」(Iヨハネ4:16)と知る私たちはどれほど幸せでしょう。その一方で、私たちキリスト者は、どれほどこの愛の心に欠けていることでしょう! 私たちの愛の足りなさのゆえに、私たちの家族はしばしば不幸であり、私たちの生きる世界は不正と暴力の場となっています。聖霊への祈りを始めるに当たり、私たちは愛なる聖霊を欠いていることを自覚し、その赦しを願います。

3. 悔い改めの行為(第一日と同じ)
4. 謙遜を求める祈り(第一日と同じ)
5. 聖霊への祈り(第一日と同じ)
6. ことばの祭儀 

聖書箇所 ガラテヤ(4:4~9)(朗読)

説話のポイント
 -神の子イエスは、私たちの世界-分裂した世界
 -あらゆる種類の緊張の下にある世界に来られました。
 -あまりにも多くの人びとが、助けの希望もなく暴力を恐れて生きています。
 -イエスさえも、周りの人びとと同じように、反対、排斥、暴力を体験されました。
 -ただ一つイエスの生涯で違っていたことは、それを変える力を持ってこの世に来られたことです。
 -その力というのは、御子と共に御父から遣わされた聖霊でした。
 -イエスによって約束された聖霊は教会に遣わされ、信徒たちを愛で満たし、証人としてこの世に遣わされました。
 -イエスが聖霊によって油を注がれたように、信じる者たちも油を注がれます。
 -信じる者たちは聖霊の力により、洗礼を通して一つの民とされます。
 -私たちの、神の民としての一致は、私たちだけの特権ではなく、分かち合われるべきものです。
 -神の一致は、私たちが神の愛に心を開くなら、私の一致の源、泉です。
 -このために私たちは家庭で、国で、世界で、働かねばなりません。

8.賛歌 わたしが神と知れ(「主に賛美」p79)
9.祈りましょう (第一日と同じ)
10.終わりの賛歌 われらは一つ(「主に賛美」p10)

 第一日 ノベナの祈りー私は聖霊を信じます。

第一日 「私は聖霊を信じます」

1. 初めの賛歌 生ける神の霊(「主に賛美」P2)

2. 導入-聖霊への九日間の祈りを始めるに当たって、私たちは教会であることを自覚しましょう。それは、聖霊が御自分を知らせておられる神の民の集いの中にあります。これは、イエスを頭とする神の民の集いです。私たちが神の民であることを自覚するに従って、私たちは同時にその招きに応えて生きるには多くの失敗があることを、自己中心なところ、家族、隣人、友人といった人々への愛と思いやりに欠けていることなどを、自覚するようになります。ですから、まことに神の民であるためには、私たちの多くの欠点を、神に赦しを求めることから始めましょう。

3. 悔い改めの行為-「ああ、神よ、罪びとである私を憐れんでください。私の最大の恩人、いと高い神であるあなたに背いた私の人生のすべての過ちと背きを心から悔みます。  
聖霊の恵みによって、再び罪を犯すことのないよう堅く決心いたします。」

4. 謙遜を求める祈り-ああ、高ぶる者に逆らい、謙遜な者に恵みを与え、ご自身の内に模範を信者にお示しくださった御独り子のまことの謙遜の徳を私たちにお与えください。私たちが高ぶりによって決してあなたを悲しませることなく、むしろ謙遜によってあなたの恵みの賜物をお受けすることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン(ローマ・ミサ典礼書)

5. 聖霊に対する祈り-神である助け主、貧しい者の父、悩める者の慰め主、心の光、魂の清め主である聖霊よ、私は御前にひれ伏します。深い尊敬をもってあなたを崇めます。何千回も、私はあなたを賛美します。そして御座の前に立つ天使たちと共に、私も「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と申し上げます。

  私は、あなたが永遠であり、御父、御子と御一体であることを固く信じます。あなたが私の魂を救い、聖としてくださると、あなたの愛に希望を置いています。あなたを愛します。ああ、愛なる神よ、この世の何ものにもまさって、心からあなたを愛します。あなたは限りなく善、あなただけが私の愛のすべてにふさわしい御方だからです。
  
そして、あなたの聖なる霊感に対しても、感謝を忘れまた目の見えない私は、罪を犯してはしばしばあなたを悲しませて来ました。目に涙して、他のどのような悪よりも、最高の善であるあなたに罪を犯しましたことをどうかお赦しください。
 
私はこのきわめて冷たい私の心を差し出します。そしてこの私の罪の固い氷を、あなたの光線で、火花で貫いてくださるように、お祈りいたします。
  あなたはいと聖なるマリアの魂を、大いなる恵みで満たし、使徒たちの心を聖なる熱意で火をつけられました。私の心もあなたの愛で燃え上がらせてくださるように願い求めます。
  神なる聖霊よ、私にすべての悪霊に対して勇気をお与えください。
  あなたは火です。あなたの愛に対する熱い望みを燃えたたせてください。
  あなたは光です。永遠のものについての知識で私の心を照らしてください。
  あなたは鳩です。汚れない命を私にお与えください。
  あなたはそよ吹く風です。私の
感情の嵐を吹き払ってください。
  あなたは舌です。あなたをいつも賛美することをお教えください。
  あなたは雲です。私をあなたの御保護の陰の下にかくまってください。
  最後にあなたはすべての天の賜物の与え主です。どうかあなたの恵みで私を活かし、あなたの愛で私を聖め、あなたの英知で私を照らし、あなたの愛で私を養子とし、あなたの限りない憐れみで私をお救いください。いつもあなたを礼拝し、賛美し、御父と御子と共にあなたを愛することができますように、この地上で生きる間、そして永遠に天において、アーメン。

6. ことばの祭儀
  聖書箇所: Iコリント2・9~12(朗読)
  賛歌 (朗読した箇所にふさわしい曲を選ぶ)
  福音 ヨハネ16・12~15(朗読)

7. 説話のポイント
  教会は使徒たちの信仰を生きる人々の共同体です。キリストの命令によって、教会はこの信仰を受け継いで来ました。ですから教会は聖霊を知るための場所です。私たちが聖霊を知ることができるのは

 -聖霊が霊感を与えた聖書の中で
 -キリストによって教会にゆだねられた教えである伝承の中で(ヨハネ16・15)
 -秘跡の内に、典礼のしるしと象徴を通して聖霊は私たちをキリストに一致させます
-祈りにおいて、聖霊は私たちのために執り成しをしてくださいます(ローマ8・26)
-教会を立ち上げているカリズムと使命の内に(Iコリント12・2) 
-使徒的、宣教的命のしるしの内に
-聖霊の聖性を示し、救いの御業を継続する聖人たちの生涯の内に

8. 賛歌 主に賛美(「主に賛美」p30)
9.祈りましょう(全会衆による共唱)  
  御父、御子、聖霊よ、私は自分の体があなたの神殿であることを存じております。
あなたは命の源、全能の神、私たちの造り主であることを信じます。私の体全体はあなたの命と愛に満たされています。
  主イエスよ、あなたの尊い御血で私に触れ、私のすべての罪を洗い去ってください。私の一つ一つの罪をお赦しください。私の奥深くに残るすべての傷、怒り、罪悪感、すべてのつらい記憶をいやしてください。主よ、私はあなたに対して、隣人に対して、罪を犯しました。
  イエス様、あなたはご聖体の内に現存されます。主よ、私の心の内においでください。あなたが心の内にいてくだされば、何一つ恐れるものはありません。あなたが神の御子、あなたが私の心の内に、近くにおられますから。主イエスよ、あなたの内に命があり、あなたの命の内に、私は命を見出します。あなたは長血の女に触れ、いやされました。
主よ、私を憐れんでください。あなたの力で私を導き、あなたの御前に私を義としてくださるのは、あなたです。
  主よ、神よ、あなたは全能なる御方です。憐れみ深い御方です。あなたは私に触れ、魂、心、体のすべての病をいやしてくださいました。感謝いたします。とりわけ私をより近くあなたに引き寄せてくださったことを。心の底からの信仰をもって,御父と聖霊と共におられるイエスを崇めます。世々とこしえに、アーメン。

10. 終わりの賛歌 われらは一つ(「主に賛美」p10)
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