マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 第15回百日連続ミサ共同祈願 1月7日~4月15日

12月28日幼子殉教者の祝日に 第15回目の百日共同祈願の案内を皆様に送付しました。以下の文面は 手紙の案内と同じものです。住所を把握している方にのみ送付しています。
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第15回百日共同祈願ミサへの招き

クリスマスと新年の喜びを申し上げます。

キリストによって結ばれた兄弟姉妹の皆様へ
「人間の栄光は神にあり、神の業、そのすべての知恵、そして力の器は人間である。」(聖イレネオ司教 待降節読書課)

 新しい年の息吹が吹いています。2011年を振り返れば、東日本大震災に始まる苦難につぐ苦難の連続のなかで、どれほど、被災した人々が支え合い、痛みを分かち合ってこの災害を乗り越えようとしているか、被災地の人々のことを思って、全国からボランティアが駆けつけ、どれほど自分のことのように考えて行動し、英雄的といってもよいほどに献身しているかを見るにつけ聞くにつけ、神の息吹が人の中に働き、一人一人が輝いて見えました。「言が肉となり、私たちの間に宿られた。私たちはその栄光を見た。(ヨハネ1・14)」私たちにとって、まさに人間は神の栄光を宿す器です。

まず、9月14日から11月23日までの第14回百日共同祈願の報告をしますと、864通のはがきを受け取りました。私自身は、十字架の道行と共同祈願の籠に入れたはがきの意向を、毎日のミサの奉献文の前に、司祭とともに個人的な祈りをする場面で、「神の栄光と賛美のため、また全教会と私たち自身のために、司祭(キリスト)の手を通しておささげするいけにえをお受けください。」と沈黙で祈り、以下の意向に加えて祈りました。この方法と意向は、第15回共同祈願でも続けていきたいと思います。

共同の意向:
(1)聖霊の豊かな注ぎにより、共同祈願の参加者の上に毎日が聖霊降臨の恵み、新しい霊の命に満たされますように。
(2)執り成しの祈りの連帯の輪が生まれ、現代の神への渇きを祈りで支えることができるように 執り成しの人の養成と一人ひとりに聖霊の賜物を派遣してください。
(3)目に見えない放射能汚染の脅威が一日も早く収束し、除染作業や食物の検査体制が整い、子どもたちが内部被ばくから守られ、日常生活と健康が保たれますように。
(4)首相および政府関係者、また教会の指導者など責任のある立場の人が東日本大地震の被災者のために誠実にその任務と指導力を果たすことができますように。
(5)また将来にわたる悲惨な放射能の被害を繰り返さないために、即刻原子力発電所の廃止と代替エネルギーの開発の方向へ国民の心が一致しますように。
(6)ご自分の執り成しの意向をささげてください。


 第14回共同祈願は、私自身にも恵み多い期間となりました。9月12日に医者に行って、どうも声が出にくいと訴えて内視鏡で診てもらったら、声帯結節(声帯にタコができる病気)であることがわかりました。もう歌わないで、小さな声で話すように指導を受けたのです。でも、毎日、教会の祈りの賛美やミサをしないわけにはいかないので、歌わないで唱えていました。それでも、日々の祈りや賛美の歌声が思う通りでてこなくなったのです。2011年は、かなりハードなスケジュールになり、しかも真夜中に十字架の道行をして、苦しむ人との連帯を望み祈り続けていたのです。これが体に負担をかけたのでしょう。恵みを失ったときに、恵みの偉大さに気づくものです。喪失の体験とは、わたしが私でなくなるようなものです。故郷を家族を職場を突然失った人たちの悲嘆はいかばかりのものでしょう。私は、その苦しみにほんの少しでもあずかることができればと祈りましたが、喪失するとやはり心が乱れました。何の苦しみの日々もなかった私にほんの少しの苦しみでしたが、とても辛い体験になりました。この間、東北大会に参加し、無声の賛美をささげましたが、わたしの喉のために多くの方が心配して祈ってくださいました。その後、第二回アジア太平洋地区カトリックカリスマ刷新指導者会議(コタキナバル)では、1050名の参加者の賛美に満たされ、講話を聴く中で、手術をする決意ができ、明るい希望を持って帰ってきました。手術の相談に医者に行く日に、ゆるしの秘跡を受け、病にとらわれた自分を解放していただきました。そして、医者に診てもらうと、声帯結節は消えていました。どうしてかわかりません。何がよかったのかわかりません。朝のミサではまだのどは詰まっていましたが、午後には、前と同じ声が戻っていました。アレルヤ!

 さて、第15回百日共同祈願は、2012年1月7日(土)から4月15日(復活節第二主日神のいつくしみの主日)までの百日間です。この期間には、聖週間が入りますが、それも含めて100日間を祈り続けます。いつもは正月元旦から始めていたのですが、年賀状と重なるため参加者の数が集まらないので、新春の第一週は、沈黙のうちにこの百日の共同祈願の意向を黙想する期間にしたいと考えました。
コタキナバルで出会った講師の方々に、日本に来ていただけるように依頼したら、快く引き受けていただきました。詳細は、も少し煮詰まってからお知らせしますが、日程だけは確保して予定に入れてくだされば幸いです。

 司祭黙想会 7月2日~6日    バート パスター神父 福岡黙想の家
 信徒研修会 7月11日~13日  バート パスター神父 売布 女子修道院
 関東大会  7月14日~16日  バート パスター神父 会場は未定
 関西大会  8月18日~20日  ホワイトヘッド夫妻 ニューアルカイック尼崎
その他、執り成しの祈りの養成講座が準備中です。

主のいつくしみに 賛美を捧げつつ  畠 基幸 CP
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 百日共同祈願満願成就

 11月23日 午後2時から第14回百日共同祈願を10名ほどの参列者と共におささげしました。昨年とほぼ同じメンバーでしたが、今回は、特別に、浄土真宗本願寺派僧侶松岡義之師が同伴して共同祈願の満願日を祝いました。歴史的な未曾有の東日本大震災による大津波と福島第一原子力発電所事故という大きな災害に遭遇しました。宗教者もまた、教派宗派の枠を超えて、祈りの力を結集して、人々の救いを願う祈りをささげました。この祈りは、被災した方々の側に身を置き寄り添うことができるかどうか一人ひとりのまごころが試される時でした。来年は、1月7日より4月15日までの百日間を祈ります。新年は、百日共同祈願の祈りを各自に考えてそれを奉納していただくことを提案しました。もちろん前後の祈りも用意しましたが、イエスに結ばれて自由に御父への祈りをお書きください。

 第14回百日連続ミサ共同祈願の参加者は、846名でした。 記念撮影100日1

 聖霊の季節 待降節 

11月24日から27日まで東マレーシアのコタ・キナバル(キナバル山の市)で開催された第二回アジア・オセアニアカトリックカリスマ刷新指導者会議に参加してきました。ちょうど61歳の誕生日を迎える日を挟んで、神への賛美の毎日は、大きなプレゼント、いやしの恵みもいただきました。 

 ブログに私の「声帯結節」のことを書き込んだので、とても心配して祈ってくださった方が多かったようです。大変お騒がせしました。11月23日の宝塚黙想の家のもみじまつり(売布)でのミサの司式も声が嗄れて高い音の節が苦しかったのですが、大会に参加しているうちに声もあまり気にならなくなり、帰国して、音声外科で有名な梅田の大北病院の院長さんに診てもらったら、もう「声帯結節」はありませんとの診断で、その部分はしわになっているが手術の必要は全くないとのことでした。アレルヤ 神に感謝! キナバル山東南アジア最高峰4095メートル キナバル山~ 2000年に世界遺産に指定された。

会場はイベント専門のホールでした。大会の参加者は1050名、土曜日の夜の盛会は、3000人を予定していたようですが、推測して2200名くらいでしょうか・・・
日本からは7名、関東3名、関西4名が参加しました。61歳のわたしが若手の二番目です。ハッピを羽織って皆から記念写真の対象になりました。ハッピ


 テーマは、”For such a time as this" (Esther 4:14)" (このような時のためだったのではないか)これは、エステル記に記しるされているユダヤ人撲滅政策を図った宰相ハマンの企みを阻止してユダヤ人を救うために神がユダヤ人の娘であるエステルを王妃に挙げられたのではないかとモデルカイが書き送った書状の言葉です。この聖句は、過去のことではなく、現在の私たちにも語られていると、各自がそれぞれの置かれた場所や役目こそ神の計画にあってなすべきことをする使命をうけているのではないかと考えるようにという預言的なメッセージでした。


isaoshudan
壇上の白いジャケットの男性が大会実行委員委員長のジョージさんで、日本の成田空港、羽田空港会社、トヨタ会社など会社の運営組織を学ぶために20代の時に日本に政府から派遣されたと自己紹介されました。東マレーシア(東カリマンタン)はイスラム教が国教ですが、この人口45万の州都コタキナバルだけは、カトリック信者が多数派で、カリスマの祈りの集いは、金曜日の夜は500名ほど集まり、大きなバンドも結成され、今回の大会でも中心的に音楽奉仕を担当していました。(おそろいの白黒シャツを着用、前列は東マレーシアのグループ)
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