マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 愛犬エミリーちゃん 老衰と熱中症で絶命

司祭館の中庭に家主のようにデニス神父に飼われていたエミリーちゃん、乳がんで7月ごろにはかなり弱っていました。デニス神父によれば、動物病院に連れて行って治療の可能性をうかがったところ、老犬(13歳、25匹の母親)なので、手術に耐えられず、なにもしない方が犬にとっては幸せということで、デニス神父さんはなにも処置をしないでそのまま帰国、その間、Fさんが代わりに、食べやすい餌を与え、水かえを頻繁にして様子を見てきました。しかし、この夏の暑さのため、急激に体力を失い、元気を失って食べるのも難しい様子でした。ときどきわたしも声かけて水をあげると少し元気になるようでしたが、エミリーちゃんは、デニス神父の帰国を待たず、8月21日に絶命しました。エミリーちゃん絶命3日前の在りし日の姿

 長い休養をいただきます。

 なかなかブログが書き込まれないので 心配された方もいるかもしれません。もちらん誰からも問い合わせはありませんでしたから、影響力は全くありませんね・・・

 7月は、サレジアンシスターズの黙想会指導のために山中湖で8日間をすごし、東京周りで大阪へ、その後、また売布、宝塚黙想の家で 司祭黙想会のヘルパーを務めていたのです。かなりハードな7月初夏の毎日でした。

 2週間の黙想会・・・ 大したことではないようですが、
 これが普段のリズムと内容が違うので苦戦の連続です。

 シスターの黙想会は3年前にも引き受けて今回は同じ内容ではできないので、最後まで何を話すかで苦労していました。テーマが決まったのは、黙想会を始める前日の真夜中、それから資料を整えて、翌日の日曜日のミサを終えてからの出発、ほとんど寝ないままに最初の日が始まり、それから、一週間、一日二回の講話(各45分)とミサの説教を毎日深夜までに考えるという生活、散歩も一週間で30分、テレビはゲゲの女房の15分と夜のNHKニュース30分だけで あとは祈りと読書と講話の準備の生活です。睡眠5時間、充実した生活で全く疲れなかったように感じたのですが、小教区の司牧とはちがう疲れで、かなり後遺症がつづいています。たとえば、体力的には、3年かけて一週間に一回か二回のペースで水泳を続けてきたので、このごろでは35分で1200メートルが泳げるようになったと喜んでいたのですが、黙想会後は三年前と同じ600メートルしか泳げなくなりました。息が続かないのです。貯金を使い果たしたのかも。60歳の誕生日には1500メートルを息が切れないで泳ぐのが目標なのですが、達成できるか危なくなりました。

 司祭黙想会では、パウロ・グリン神父さんの講話を聴くだけで休みになるかと思ったけれども、そうでもなくかなり疲れました。90歳のダニエル神父さんから、あまりに寝ないと短命になるよ、わたしの知っているほとんどの体力のある神父は、あまりに寝なかったので50代後半から60代くらいで死んだから、あなたも危ないですねと脅かされました。見たところ、かなり疲れているようだねと言われて、ご自分の薬を処方してくださり、飲むとかなり改善されました。90歳の神父さんは若い時は体力がなかったけれども、健康に注意し、睡眠をよくとるように心がけたので長命になったと思うと言われるので、非常に説得力がありました。実際、いままで飲んだこともない睡眠剤は、翌日は効きすぎて、・・・寝ぼけて整髪料を頭にかけたつもりが、眼に入り、痛くて痛くて・・・目が覚めた日もありました。

 集中力が ずっと落ちています。 まだまだブログはお休みです。

 ふるさとへ旅立つ 二人のマリア・テレジア

今日は二人の方が天に召されました。
一人は日生中央教会のマリア・テレジア長谷川典子(みちこ)様。金曜日の午後3時、イエスさまと同じ十字架の贖いの時刻に御父のみ手にご自分の霊を渡されました。奇跡の人で、すい臓がんを克服し、体力回復のために忍耐の日々を過ごし、ご自身の体験から多くのがん患者を励まして、信仰の力をあかしされました。このたび聖霊降臨後の翌月曜日聖母訪問の祝日に突如意識を失い、2週間、多くの方の祈りも届かず、帰らぬ人となられました。ご長男の洗礼名を御受難会の創立者十字架の聖パウロと名付けるなど、御受難の霊性、御受難会の司祭に対して並々ならぬ支援と協力を惜しまない人でした。
 
 

 通夜 2010年6月6日(日) 午後6時   司式 畠 基幸
 葬儀 2010年6月7日(月) 午前11時  司式 ウォード・ビドル
 場所 日生中央教会 
 喪主 長谷川 正 (長男)


もう一人は、池田教会所属のマリア・テレジア喜多美佐子様。月曜日から入院し、しだいに衰弱し、木曜日夜は医者が今夜が峠ということで親族が集い、わたしも臨席して、喜多さんに臨終の秘跡を授けお祈りいたしました。主の祈りも天使祝詞も古い祈り文を思い出しながら祈りました。聖体拝領が酸素マスクでできないので、聖体賛美の祈り、タンテム・エルゴを歌いご聖体を顕示しました。和解の言葉とゆるしの言葉にわたしの手を強く握って応えられ、病者の塗油に再び生きる意欲のようなものが感じられたので、イエス様と共に苦しみを人々の救いのためにささげましょうと励ましました。翌朝午前中は、危機的な状況を脱して、話ができるほど回復され、小康状態でこれなら再び老健に戻れると期待でるほどでしたが、午後から体調が急変し、5時17分に帰天されました。96歳、天寿を全うされました。ご遺体は遺言で阪大病院へ献体されるため(2~3年後に遺骨で遺族に戻される)、通夜・葬儀・告別式行わず、後日親族だけで追悼ミサを営む予定。洋裁店を営み、多くの信者さんのお世話をし、バザーでも数々の手作り品を出品し、現在の侍者服も喜多さんの型紙のアイデアで制作されたものです。晩年自宅で療養され、この二年間は老健施設(巽病院)で過ごされました。わたしは忙しさにかまけてあまり訪問できなかったことが悔やまれますが、時に秘跡(ゆるしの秘跡とご聖体)をうけるために教会に来られ、司祭のことばをイエスのことばのごときに信頼して受け入れてくださったことが印象深く心に残ります。教会を愛し教会に奉仕した喜多さんは信仰の恵みをうけて天に昇られました。お祈りください。
            以 上

 聖霊降臨の前のノベナ(九日間)の祈り

主の昇天は復活主日から40日目、全世界で今週の木曜日5月13日に迎えます。日本の教会の典礼では、主日にしか信者が集まらないという司牧上の理由で、5月16日を主の昇天の主日として定めています。

A・ドモンティニ神父様(レデンプトール会)の翻訳でノベナの祈りを見つけましたので掲載します。聖霊降臨を準備する個人的な祈りとして良いものだと思います。通常、主の昇天(木曜日)の翌日の晩から聖霊降臨の前晩までの九日間をノベナの祈りとして毎日何人かで祈ります。オーストラリアのCCRからノベナの祈りの呼びかけがありました。これらの祈りも掲載する予定です。さまざまな方法で聖霊降臨の恵みを願いましょう。
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 新しいぶどう酒

ブログの更新がなかなかできません。ゴールデンウィークには、北海道札幌へ大会講師として出張いたします。なかなか全体の構想が生まれませんので皆さまのお祈りお願いします。

 大会のテーマは、「味わい、見よ、主の恵み深さを」(詩篇34:9)です。マテオ神父のトレードマークだったみことばです。

 この味わいのテーマは、今年の四旬節で、長崎西町教会、奈良登美が丘教会と黙想会の講話の中で、「あたらしいぶどう酒」という象徴を使って話を展開しました。

以下の講話は、奈良登美ヶ丘教会で3月5日夜に話した第一講話です。講話は三回あり、話した分量はもっと多いのですが、教会広報部で「丘の星」発行100号を記念特別号に収録するため、編集縮小されました。その分よくまとまり、わたしはアウトラインもなく、ただひたすらに「新しいぶどう酒」というテーマだけを考えて、突っ走って出てきた内容です。終わってみて聞いた人がタイトルまでつけて、ここまでまとめてくださったのに脱帽しました。そして、わたし自身、こんな話をしているのかと勉強不足の自分の生の姿を見て、卑下することなく聖霊に感謝いたします。絶妙にわたしの足らない部分が補われているからです。同じ話はもう一度できません。原稿はありません。私が話した表現で誤りの事実と発言の内容の違う点は少し訂正しました。
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 豊中 朝祷会

3月20日 午前10時~11時半
 日本キリスト教団 豊中教会

 プログラム
 賛歌
 聖書箇所の輪読
 畠 師   講話  20分
 列席者全員による祈り
 主の祈り
 食卓を囲んでの昼食会 
 (おにぎりとアンパンとお茶)
 
聖書箇所は、カトリックの聖書朗読箇所に従い、翌日の第五主日の福音朗読をレクチオ・ディビナの読み方を紹介しながらその霊的な生活の糧を分かち合った。

 新年 明けましておめでとうございます。

神の母 聖マリア (主の降誕八日目)
元旦

第一 朗読  民数記 6章 22節~27節
 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
 主がみ顔を向けてあなたを照らし あなたに恵みを与えられるように
 主がみ顔を向けてあなたに平安を賜るように。
 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。

第二 朗読  使徒パウロのガラテヤの教会への手紙
       (ガラテヤ4章4節~7節)
 「あなたがたが子であることは、神が、『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。6節)」

福 音    ルカによる福音 ルカ2章16節~21節

 「八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。(21節)」
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 ケアハウス 父の家訪問

今年の仕事納めは、二年ぶりに父の家を訪ねて「神の園」に来ました。

 夕方到着して、しばらく近況を話してから、父が仕込んでくれた焼酎割で晩酌し、弁当を食べて、ニュースをみて、風呂に入る。祈りもしないで布団に潜り込む。こんな生活だったなと昔を思い出す。
 酔いが回ったのか祈らずにいつのまにか寝てしまい、翌日 8時前に父に起こされて目が覚める。父の家に戻った気分・・・。
 朝食を一緒にゆっくり食べたのち、
 1時間ほど祈り、ミサの準備をしたのち、
 神の園の信者の方々と一緒にミサをして、それから1時間半
 皆さんとお菓子を食べたり、お茶を飲み、
 和やかに団欒の時を持ちました。
 皆さんから、月に一回は 来てほしいと注文が入りました。
神の園



父の歌声響く グロォ~ォ~リア インネクシェルスィス デェ~ェオ
 
 父
年の瀬の休みのひと時、一年の疲れが取れました。
また明日から忙しい毎日です。 皆さん よい年をお迎えください。

 ブラジルの青年たちの「主の祈り」

青年のための「主の祈り」


<天におられるわたしたちの父よ。>

若い人たちの心にいる わたしたちの父よ。
わたしたちの歩みを導いてくださる父よ。
見捨てられている若い人たちの父よ。
この世界をより良いものへと導いてくださる わたしたちの父よ。

<御名が聖とされますように。>

わたしたちの毎日の行動の中で 御名が聖とされますように。
わたしたちが語る言葉によって 御名が聖とされますように。
わたしたちが善を行うことによって 御名が聖とされますように。
あなたに賛美と感謝を捧げることによって 御名が聖とされますように。

<御国が来ますように。>

希望を失った若い人たちと 堕落の道に陥ってゆく若い人たちに 
希望の御国が来ますように。
家族から遠く離れている若い人たちに 良き友を得る御国が来ますように。
愛を失って、憎しみに陥っている若い人たちに 赦しの御国が来ますように。
あなたの子供であるわたしたちに 信仰と誠実さを保つ御国が来ますように。


<御心が天に行われるとおり 地にも行われますように。>

わたしたちの毎日の行いの中で 御心が行われますように。
わたしたちがあなたの御言葉を語る時に 御心が行われますように。
わたしたちが善を行う時に 御心が行われますように。
わたしたちが神の愛を証しする時に 御心が行われますように。


<わたしたちの日毎のかてを 今日もお与えください。>

あなたの子供であるわたしたちに 日毎のかてをお与えください。
御聖体と御言葉によって 日毎のかてをお与えください。
友愛と正義によって 日毎のかてをお与えください。
仕事と文化、信仰と愛によって 日毎のかてをお与えください。


<わたしたちの罪をお赦しください。わたしたちも人を赦します。>

主よ わたしたちの罪をいつも赦してください。
わたしたちを侮辱した人たちを 主よ 赦してください。
わたしたちが仲間はずれをしてしまったことや、友情関係を壊してしまったことに対して
主よ 赦してください。
わたしたちがあなたをもっとまじめに愛することができなくて 主よ 赦してください。


<わたしたちを誘惑におちいらせず 悪からお救いください。>

福音に対して無責任となる 悪からお救いください。
わたしたちがあなたの御心を無視する 悪からお救いください。
わたしたちを間違った道におちいらせず 悪からお救いください。
わたしたちを誘惑におちいらせず 永遠の命を得ることができますように。
アーメン

 死者の日

日記:
死者の日、この日は、多忙です。三田のヨセフ寮での亡くなった園生及び家族の追悼ミサ(午前)、御受難会男女の合同慰霊祭(午後)、高齢者の家訪問、命日のご家族への慰問、そして夜は、日生中央教会の死者のためのミサ(納骨されたご家族 36家族の合同慰霊ミサ)、そして夜の祈りと相談、池田教会へは夜の10時に帰宅、伝言を読み、パソコンに向かう。メールの返事を書き、ブログに書き込む。朝6時から真夜中1時までずっと起きている。睡眠時間は毎日5時間弱。超過勤務だな・・・司祭の仕事は能率よくはできない。つまり生産性と無縁の世界。長時間働いたとしても疲労しない。労働基準局の監督の下にはない。マイペース、マイペース。あせらずに前に進む。自己管理。勤務時間はあってないようなものなの。勤務評価は、天に召されてからしかわからない。雇われ人でも雇い主は目に見えぬお方なのだ。もっとも本人は分かるのだが・・・これではだめだということが。とにかくなんとかなるという希望的観測のうちに前に進む。

黙想:
 聖ビアンネは司祭、主任司祭の模範として保護の聖人になっているが、それは司祭の労働の規範となっている。彼は住まいを教会堂に定め、粗末な食事をし、16時間告解室にへばりついて信者の罪を聞いた。これは労働者の労働よりも苛酷である。この牢獄から3度聖ビアンネは逃亡した。しかし、厭で逃げ出したのではなく、この聖務にふさわしくない無価値な自分を取り除くためでした。そしてこの聖務が彼の体力を弱め命を奪いました。この英雄的行為のために彼は聖人になったのではなく、預言者のように神への熱い愛をあかしした結果のためでした。彼は単純に教会の教えを述べた。「この世では、神の望みにかなったしるしなしには、神について経験することはありません」確かに、しるしなしでは決して神を体験することはできない。ただ、人はしるしの中でのみ神を見いだせると誤解しそれを獲得することに熱心になる。しるしを目的化してしまうのだ。これが危険な道になる。聖ビアンネは、しるしが手段にすぎないことを教えた。その背後の神秘に目を向けることを教えた。「聖体拝領 神の三つのペルソナはこの魂の内に住みます。それは小さな天国です。」福者に列福されたとき彼の心臓は取り出して飾られました。その熱い心は、ビアンネを聖人にした。だから、その心臓はみ心の目に見える熱い心のしるしであって、目的ではないとわかる。(写真は現地に行くことができれば・・・)今の時代は、ゆるしの秘跡を受ける人は激減し、魂の病を吟味し処方箋を書く司祭の役割がなくなって、霊的な病が蔓延することになる。つまり、神のあわれみといつくしみを知らない信仰者が増えた。

御受難会男子女子合同慰霊祭 (11月2日午後2時、売布 カルワリオ墓地)

毎週墓地に花を飾ってくださる磯村美代子さんと一緒に、
 「いずれ私もこの墓地でお世話になります。」と私。磯村 
これは軽い冗談でなく本当のことだが、墓地では口にしやすかった。

Br.笹田さんのお父さん(熊本からこの日の墓参のために)笹田父

ミサ(司式 山内十束、説教 ウォード、 挨拶 雲田院長 )
この日は観想修道院の女子会員も一緒に祈りをささげました。
女子1 女子2 女子3

ウォード神父 そして雲田助祭、鹿山ブラザー
Ward1 kumo 準備
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