マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 ノベナ 第5日(5月18日)

5 回心と聖性のためのとりなしの祈り
(5 Intercession for Conversion and Holiness)

日々のノベナの祈り( 一日一時間を充てる)
● 教皇ヨハネ23世の祈りを使い、聖霊への呼び掛けの祈りで始める。
● 聖書朗読箇所に基づいて、その日のテーマについて黙想する。
● その日のとりなしの祈りのテーマについて祈る。
● 聖霊の続唱を最後に唱える。

聖霊への呼びかけの祈り:(教皇ヨハネ23世)

祈願
(主よ、)この現代に、新たな聖霊降臨によるかのように、あなたの不思議なわざを新たにしてください。イエスの母、聖マリアと共に一つの心で忠実に祈りつつ、聖ペトロの指導の下に従うあなたの教会に対し、どうか、わたしたちの神、救い主の支配する国、真理と正義、愛と平和の国を広めることをお許しください。アーメン」(教皇ヨハネ23世、1961年12月25日)

Invocation:
Come, Holy Spirit, let faith and hope arise in the
hearts of people and let your glory be manifested in
your Church.
祈願
聖霊、来てください。人々の心に信仰と希望が生まれ、神の栄光が全教会の上に現わされますよう。

Scripture: Rom 8:28-30; 10:9-11; Jn 3:5-8
聖書朗読:ローマ 8:28-30; 10:9-11; ヨハネ 3:5-8

‘Holiness is the priority in every age, and therefore
also in our own time. The Church and the World
need saints, and we ourselves become holier the
more we allow the Holy Spirit to configure us to
Christ.’(Pope John Paul II)
「聖性はいつの時代にあっても最優先されるべきであり、それは現代においても変わない。教会と世界は聖人を必要とし、わたしたちが聖霊によってキリストの似姿に近づくほど、わたしたち自身はより聖なるものになるのです。」(ヨハネパウロ2世)

Prayer Intention:
Pray for the conversion of sinners, for growth in
holiness and the revelation of God’s Glory, - in the
church, in the world, in your family and in your life.
祈りの意向:
罪人の回心のために祈ります。教会、世界、家族、個人の聖性の成長、神の栄光の啓示のために。

 ノベナ 第4日 (5月17日)

4 社会の刷新のためのとりなしの祈り
(4 Intercession for the Renewal of Society)

日々のノベナの祈り( 一日一時間を充てる)
● 教皇ヨハネ23世の祈りを使い、聖霊への呼び掛けの祈りで始める。
● 聖書朗読箇所に基づいて、その日のテーマについて黙想する。
● その日のとりなしの祈りのテーマについて祈る。
● 聖霊の続唱を最後に唱える。

聖霊への呼びかけの祈り:(教皇ヨハネ23世)

祈願
(主よ、)この現代に、新たな聖霊降臨によるかのように、あなたの不思議なわざを新たにしてください。イエスの母、聖マリアと共に一つの心で忠実に祈りつつ、聖ペトロの指導の下に従うあなたの教会に対し、どうか、わたしたちの神、救い主の支配する国、真理と正義、愛と平和の国を広めることをお許しください。アーメン」(教皇ヨハネ23世、1961年12月25日)
Invocation:
Come, Holy Spirit, and renew the face of the earth.
.Transform society by the power of your Spirit.
祈願
聖霊、来てください。地の面を新たにし、聖霊の力で社会を変革してください。

Scripture: Mk.16:16-20. Lk.4: 18-19, Rev. 21: 3-5
聖書朗読:マルコ 16:16-20. ルカ 4: 18-19, 黙示 21: 3-5

“Jesus announces the beginning of a new age in
which the Holy Spirit will be poured out over all of
humanity (Lk.4:21). The outpouring of the Spirit of
Christ is a pledge of deliverance against everything
that impoverishes us”. (Pope Benedict XVI)
”聖霊が全人類に注がれる新しい時代の始まりを、イエスは宣言されました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」(ルカ 4:21)キリストの霊が注がれることは、私達を貧しくする全ての事に対抗する解放の証印です。”(ベネディクト16世)

Prayer intention
Pray for the coming of the Kingdom and for the
Culture of Life born of the Spirit, to penetrate the
whole of Society; for governments, and those in
public office in your continent and nation.
祈りの意向:
神の国の到来と、聖霊から生まれる「生命の文化」が社会全体に浸透しますように、各国の政府機関や公的機関で働く人々のために祈りましょう。

 ノベナ 第三日目(5月16日)

3 キリスト者の一致のためのとりなしの祈り
(3 Intercession for the Unity of Christianity)
日々のノベナの祈り( 一日一時間を充てる)
● 教皇ヨハネ23世の祈りを使い、聖霊への呼び掛けの祈りで始める。
● 聖書朗読箇所に基づいて、その日のテーマについて黙想する。
● その日のとりなしの祈りのテーマについて祈る。
● 聖霊の続唱を最後に唱える。

聖霊への呼びかけの祈り:(教皇ヨハネ23世)

祈願
(主よ、)この現代に、新たな聖霊降臨によるかのように、あなたの不思議なわざを新たにしてください。イエスの母、聖マリアと共に一つの心で忠実に祈りつつ、聖ペトロの指導の下に従うあなたの教会に対し、どうか、わたしたちの神、救い主の支配する国、真理と正義、愛と平和の国を広めることをお許しください。アーメン」(教皇ヨハネ23世、1961年12月25日)

Invocation:
Come, Holy Spirit, unite your Church -”Father,
make them one that the world may believe”
祈願
聖霊 来てください。あなたの教会を一つにしてください。
”父よ、彼らを一つにしてください。そうすれば、世は、信じるようになります。”

Scripture: Jn 17:21; Eph. 4:1-6;2:11-18
聖書朗読:ヨハネ 17:21; エフェソ 4:1-6;2:11-18

‘Among the sins which require a greater
commitment to repentance and conversion should
certainly be counted those which have been
detrimental to the unity willed by God for his
People.’ (Pope John Paul II)
’あらゆる罪の中でもより多くの悔い改めと回心の努力を必要とするのは、確実に、神がご自分の民に望まれた一致を損なう罪のことです。’(ヨハネ・パウロ2世)

Prayer intention:
Pray for reconciliation, the purification of memories
and the healing of the Christian body - in the world,
in your nation and in your life.
祈りの意向:
和解のために祈りましょう。記憶の浄化とキリスト者のからだの癒し、世界で、私達の国で、各個人の人生において、和解がもたらされますように。

 ノベナ 第二日目(5月15日夜)

2 教会刷新のためのとりなしの祈り
(2 Intercession for the Renewal of the Church)

日々のノベナの祈り( 一日一時間を充てる)
● 教皇ヨハネ23世の祈りを使い、聖霊への呼び掛けの祈りで始める。
● 聖書朗読箇所に基づいて、その日のテーマについて黙想する。
● その日のとりなしの祈りのテーマについて祈る。
● 聖霊の続唱を最後に唱える。

聖霊への呼びかけの祈り:(教皇ヨハネ23世)

祈願
(主よ、)この現代に、新たな聖霊降臨によるかのように、あなたの不思議なわざを新たにしてください。イエスの母、聖マリアと共に一つの心で忠実に祈りつつ、聖ペトロの指導の下に従うあなたの教会に対し、どうか、わたしたちの神、救い主の支配する国、真理と正義、愛と平和の国を広めることをお許しください。アーメン」(教皇ヨハネ23世、1961年12月25日)

聖霊、来てください。あなたの火を再び燃え立たせ、あなたの教会を新たにしてください。
(Invocation: Come, Holy Spirit,
        rekindle your fire and renew your Church.)

Scripture: Mt 3:11; Acts 2: 17-21
聖書朗読:マタイ 3:11; 使徒 2: 17-21

“That the ‘Spirituality of Pentecost’ be spread in the
Church, as a renewed trust of prayer, holiness, communion and proclamation” (Pope John Paul II)
”聖霊降臨の霊性”において、祈り、聖性、交わり、福音の告知は信用のできる刷新として全教会に行き渡りますように。”(ヨハネ・パウロ2世)

Prayer intention:
Pray for the ‘Spirituality of Pentecost’ to renew the
church throughout the World, especially in your continent,
nation, diocese, and parish and in your own life.
祈りの意向:
”聖霊降臨の霊性”のために祈りましょう。全世界の教会の刷新のために、特にあなたが属する大陸、国、教区、小教区のために、また各自の各々の人生のために祈りましょう。

 ノベナ 第一日目 (5月14日夜)

ノベナの祈り方:
(神本高宏さんがわたしの要望に応えて翻訳を試みました。それを訂正して言葉を整えてみました。)

Praying the Novena each day
● Begin by invoking the Holy Spirit using Pope
John XXIII’s prayer.
● Follow the daily theme by reflecting upon the
Scripture.
● Pray for the specific intercession.
● Conclude each day with the Pentecost Sequence.

日々のノベナの祈り
● 教皇ヨハネ23世の祈りを使い、聖霊への呼び掛けの祈りで始める。
● 聖書朗読箇所に基づいて、その日のテーマについて黙想する。
● その日のとりなしの祈りのテーマについて祈る。
● 聖霊の続唱を最後に唱える。

“Renew your wonders in this our day, as by a new Pentecost. Grant to your Church that, being of one mind and steadfast in prayer with Mary, the Mother of Jesus, and following the lead of Blessed Peter, it may advance the reign of our Divine Saviour, the reign of truth and justice, the reign of love and
peace, Amen” (John Paul XXIII).
 祈願:
(主よ、)この現代に、新たな聖霊降臨によるかのように、あなたの不思議なわざを新たにしてください。イエスの母、聖マリアと共に一つの心で忠実に祈りつつ、聖ペトロの指導の下に従うあなたの教会に対し、どうか、わたしたちの神、救い主の支配する国、真理と正義、愛と平和の国を広めることをお許しください。アーメン」(教皇ヨハネ23世、1961年12月25日)

Come, Holy Spirit, in your power and might to renew the face of the earth. 聖霊来てください。あなたの力と権能をもって、地の面を新たにしてください。

第一日目のノベナの意向: クリック
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 第10回百日共同祈願への招待

 ✙主の恵みと平和が皆さまと共にありますように!

百日間、多くの願いと祈りを共にささげ、多くの実りを味わいました。確かに、皆さまの犠牲と祈りは、主の宴において新しいぶどう酒として供せられます。今年の元旦から4月10日までの参加者人数は、748名でした。前回よりも100名程度減少しましたが、聖霊による刷新の参加者以外の方々が加わってくださるようになりました。四旬節黙想会でわたしが奉仕した長崎、西町教会、奈良の登美ヶ丘教会、和歌山の串本教会などでも呼びかけました。行く先々で、共同祈願の花籠を携え、ミサをささげるたびに皆さまの祈りの花束を奉納いたしました。30カ月、2年半に及ぶ900日の共同祈願が本年4月10日のわたしの27回目の叙階記念日に終わりました。今さらに100日を加えて1000日目を目指して共同祈願を始めます。5月16日主の昇天の主日から8月23日までの100日間の共同祈願です。

この日から共同祈願を始めることにしたのは、「第18回カトリック聖霊による刷新全国大会(尼崎)」の最終日8月23日が百日目に当たるためですが、5月16日は、主の昇天の祝日であると同時に、わたしにとっては御受難修道会の家族として聖ジェンマ・ガルガーニを祝う記念日にあたります。聖ジェンマのことを思い起こすのは、何か摂理的なものを感じるからです。

聖ジェンマの生涯は、ちょうど教皇レオ13世が聖座に着座した1878年から退位した1903年までの25年間にあたります。この教皇は、1891年の教会の社会教説「レーノム・ノバノム」の回勅で大きな業績を残しましたが1897年、聖霊にささげられた教皇書簡「デヴェィヌム・イルド・ムヌス」によって、20世紀の「新しい聖霊降臨」の到来を準備する任務を担いました。教皇はその書簡の中で、1895年から1900年までの間、主の昇天から聖霊降臨まで聖霊に対するノベナ(九日間の祈り)を全世界のすべての信者が祈るように願いました。1901年1月1日、教会の名において「創造主である聖霊来てください(ヴェニ・クレアトル・スピリトゥス)」の聖霊への賛歌をささげました。ラテン語でよく歌われた曲です。その賛歌に呼応するかのように、奇しくもその同じ日に、プロテスタントのペンテコステ派の誕生と言われる聖霊の注ぎがカンサス州トペカで起こりました。

聖ジェンマは25年の短い生涯の中で、イエスとの現存に生き、イエスの娘として聖痕を受け、聖体の神秘とキリストの受難に深く与ることによって、神と人との和解のために自分自身を完全にささげました。イエスの人間性に徹底的に浸透していた聖霊がイエス自身の愛の行為を唯一永遠の完全な犠牲としてささげたように、聖ジェンマも全教会のために自分の苦しみをイエスにささげたのでした。聖ジェンマが生涯の中で体験したイエスとのペルソナ的な交わりの神秘は、聖霊の満たしを受けた人たちがあかしする生き生きとした主イエスとの交わりの神秘の先駆けであったと思われます。「聖霊による刷新」の恵みは、主イエスとの親しい交わりを体験するペルソナ的な愛の体験なのです。

さて、「聖霊による刷新」のことをヨハネ・パウロ二世前教皇は「聖霊降臨の霊性」と名付けておられます。第二バチカン公会議以降の霊性をこう呼ばれるようになったのです。その霊性は古くて新しいものと言えます。教会の本性の中核にあるものだからです。新約聖書の記述には、聖霊降臨の日の出来事を目撃した人々の中には、「あたらしいぶどう酒に酔っている(使徒2:5」とあざ笑った人々もいました。しかし、このぶどう酒こそ、キリストのぶどうの木からとられた実が醗酵して、キリストの香りがするぶどう酒なのです。聖霊降臨はキリストの死と復活の実りとして、人々の上に炎が舌の形で現れ、聖霊の注ぎにより、人々は愛の火で内から燃え上がり、賛美と感謝の喜びで満ち溢れました。
バベルの塔では、塔を高くして有名になろうと試みたために言語が乱れ人々は地に散らされました。高間では、弟子たちがマリア様と共に祈っていると聖霊が降り、さまざまな異言により、弟子たちは、同じ主の霊に満たされ、油注がれた者(キリスト)の民、教会として集められたのです。肉の法則から霊の法則へ、律法の支配から恵みの支配へ、古いぶどう酒からあたらしいぶどう酒へ、古い革袋(古い契約)から新しい革袋(新しい契約)へ、第一のアダムから第二のアダムへとキリストの十字架の贖いは人類全体の聖化を目指します。

「聖霊の満たし」は、テモテへの第二の手紙1章6節にあるように、「そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を再び燃え立たせるように」と、聖霊降臨の恵みを継続するための伝承であり、秘跡の点から言えば、洗礼と堅信の約束の更新です。「油注がれる」ことは、エピクレーシス(聖霊が降る祈り)によって主の現存の恵みに与り、一人ひとりがもう一人の「キリスト」(油注がれた者)として生前のイエスの預言者としての賜物(カリスマ)を継続させることです。「その方(真理の霊)はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである(ヨハネ16:14)」。

「聖霊降臨の霊性」は、上に述べたことを現代の教会の中で真実なものとして継続していくことです。現代の「聖霊による刷新」運動は、時には「騒がしいどら、やかましいシンバル」と誤解され、伝統的な教会から疑いの目で見られることもあります。しかし、教会の本性の中核に聖霊降臨の体験が伝承されなければ信仰の恵みは消えてしまいます。

「聖霊降臨の霊性」は根本的には「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない(ヨハネ 15:13)」と、わたしのために自分の命を与えてくださったイエスの愛に目覚めて生きることです。「イエスは主である」と生き生きと体験するダイナミズムはそこにあると思います。そのイエスの愛に駆り立てられて、愛の奉仕に導かれるのです。わたしたちはキリストの霊に満たされてこそそのことが可能なのだと知るのです。なぜなら、イエスの死と復活により、イエスは神の愛の秘跡として、永続的に歴史内に現存しており、イエスが赴くところへとわたしたちも出かけるならば、その時、その場所で、わたしたちは、世にあってイエスの救いの力をあかしするために聖霊の賜物が与えられるのです。つまりわたしたちが奉仕の業に専念するときに、主がそこにおられ、主が聖霊の賜物を通して現存し、癒し主、救い主、贖い主として神の国の到来をあかしするのです。

兄弟姉妹の皆さま、このような「聖霊降臨の霊性」をどうして求めないでいられましょう。ご一緒に、聖霊降臨の前のノベナの祈り、百日間の共同祈願の奉納をとおして、愛の奉仕、とりなしの祈りに必要な種々の賜物を願いましょう。詩篇と賛歌と霊的な歌と異言の祈りにより、父と子と聖霊の栄光をたたえましょう。こうして私たちは祈りの戦士、とりなし人として、「主を喜び祝うことこそ、あなたがたの力の源である」(ネヘミヤ8:10)との言葉を生きるのです。「願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる」(ヨハネ16:24)
わたしたちの主イエス・キリストの恵みが皆さまの霊と共にあるように。(ガラテヤ6:18 参照)
 
2010年5月16日 主の昇天
 
聖霊による刷新関西委員会
 
委員長 畠 基幸 神父
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 共同祈願 900日 終了

 4月10日 午前11時から第9回目の100日目の連続共同祈願ミサをささげました。今回は、800人の参加に到達しませんでしたが、ハガキの依頼数は、753通 これに私の意向のハガキ30枚、それからファックスなど紙切れによる参加者、10枚、これにミサ依頼の意向を願ったものが幾つかあります。元旦からの参加者は、ちょうど年賀の季節と重なり、案内が遅れたこともあり、最初の日からの参加者は20数名でした。最後の数日だけの参加者もありますが、ぶどう畠の労働者のように、参加者一人一人は同じ霊的な豊かな恵み、聖霊の注ぎをいただき<もう一人のキリスト>として実りを味わわれたことでしょう。

 こんな一通が届いています。

 北海道のKさん
 百日間のお祈り有難うございました。老化に苦しんでいた私(85歳)も確かに神父様の祈りに助けられて日々聖霊を豊かに注がれ、心身ともに生き生きと感謝のうちに生きることができました。神父様と父なる神さまに深く感謝申し上げます。

 池田のKさん(96歳)
 何が起こったのでしょう。元気に歩けるようになりました。

 (2月の初めころは、死を覚悟しておられました。臨終の三秘跡をうけるため私を呼ばれました。もう長く生きたくないと食事も拒否され、起きるのがやっとの生活で、もう生きるのはつらいと訴えられたのです。秘跡をお授けして、最後まで生きるのがイエスの命令ですと食べることを命じました。イエス様のことばだから頑張ると泣いておられました。4月12日にお見舞いに行くと、上記のことばでした。)

 毎日の祈りは何も目に見えて効果がないようですが、ひと月、ふた月と日を重ね、百日をこえる頃には恵みが目に見えるようになりますね。アレルヤ 主イエスに感謝です。

 検索データの訂正

 畠 基幸 で検索されると、すべて過去のデータが出てくるので怖いものがありますね。誤ったデータが流布する場合があり、私の経歴について誤りが流出しておりますので訂正させていただきます。
 
 La Stella del Mattino 11-5-2008 聖霊降臨号に わたしについての記事が掲載されていますが、30年前に説教した内容とか、ルーテル教会からカトリック司祭になったとかの話は私のことではありません。ルチアノ神父さんは売布の宝塚黙想の家にミラノの禅道場の一行を連れて宿泊されました。そのとき黙想の家の係で院長だった内山神父(バプテストからの転向)と若輩のわたしを間違えて記憶されたものと思います。わたしは小学校4年生のときに河原町教会でカトリックの洗礼を受け、上京して上智大学経済学部に入学するまでは、河原町教会に所属しておりました。大学卒業と同時に現在の御受難修道会に入会しました。以来修道生活35年、30年前はまだ神父になっておらず、今年4月で叙階27年目となります。2年以上気付かずそのままになっていたので、ネット検索でわたしのことを調べた人がわたしをルーテル教会出身との誤情報をそのまま信じてそれが定着しているようです。訂正をお願いします。 

 また、PaulHata はわたしの修道名ですが、1977年から使用しています。これまで世界で一つしかない名前として喜んでいましたが、2000年代になって、オーストラリア在住の人がこの名前でインターネット上のマーケットを作っており、paulhata として入力しても膨大なマーケットのデータでわたしは隠れてしまいました。(笑い)

 Climate Change:

元旦ミサで、聖体拝領後の黙想の間に 御受難会の正義と平和と環境委員会(JPIC)のアルジェンチンの司祭が作ったスライドショーを流しました。 ナレーションは「私が17歳の時は・・・」から始まりので年代順の回想のようになっているのかと思ったらそうでもなかったのですが英語は音が響きすぎて内容を把握できませんでした。申し訳ありません。確かに、荒廃の現在の姿は過去の結果です。今の状態は、変わらなければ温暖化の波は確実に地球砂漠になり人類を破滅と死に追いやるという現実があります。
*スライドショーのファイルはここには掲載できませんでした。slide3 slide8 slide7

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 第9回百日共同祈願への招き

「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」(ルカ 2章20節)
Merry Christmas and A Happy new Year
クリスマス

皆さま、主の降誕と新年のお喜びを申し上げます。

 12月23日、第8回目の百日連続共同祈願ミサを無事に終えることができました。今年一年、わたしは健康に恵まれ、充実した司牧活動を行うことができました。皆さまの祈りのおかげです。百日連続共同祈願に参加された皆さまも、また恵みに満ちた日々を過ごされたと察します。十数名の方が百日のミサの祈りに大きな力を感じて感謝のお手紙をくださいました。

「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。」(フィリピ1章3節)聖パウロは、生まれたばかりのフィリピの教会の信徒を励まし、手紙を書きました。引用した手紙の挨拶の一節を読むと、わたしも同じように、祈りたくなります。皆さま、皆さまの祈りは尊い祈りです。私はその祈りに支えられています。日々、祈る中で、皆さまの祈りを思い起こしイエスの奉献の祈りに加えています。また、イエス様が最後の晩餐で弟子たちにぶどうの木のたとえを話されたことを思い起こしています。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」(ヨハネ15章5節)

 私たちが、共同で連帯してきた百日間共同祈願の第一の祈りの意向は、参加者の上に「新しい聖霊降臨」を願い、共に聖霊で満たされることです。まさに、それは、イエスはまことのぶどうの木で、その枝であるわたしたちは、聖霊の樹液でつながり、わたしたちの祈りは三位の愛の交わりに結ばれ、その実は、聖霊の賜物として、世に命をもたらすと信じることのあかしになりました。わたしたちの中で現存される聖霊を意識すればするほど、三位一体の神の交わり、父と子と聖霊の交わりのなかに招かれます。その中でささげるわたしたちのミサは、主の愛の秘跡であり、大きな喜びが聖霊の実りとして参加者に満ち溢れるほど注がれます。

 主の降誕を祝うこの季節、わたしたちは、声高らかに、聖マリアと共に「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」。世に救い主が来られたのです。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」(ルカ2章35節)何とすばらしい訪れでしょう。イエスが王として治められる約束の時が到来したのです。洗礼者ヨハネは、イエスが死者をよみがえらせたと聞いて、二人の弟子を送りました。「来るべき方は、あなたでしょうか?」 イエスはお答えになりました。「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」(ルカ7章22節)この喜びの便り、福音は、同じ聖霊の力により教会の中に継続されています。
 
 さて、同じ喜びの便り、2009年は、インドからシスター・マルガリタ(6月)、ルフス・ペレイラ神父(8月)を迎え、みことばを生きる宣教師の姿とその福音の力強いあかしを目の当たりにしました。お二人の著書、「イエスは今日も生きておられる」(Sr.マルガリタ、ゲスマン和歌子訳、聖母文庫)と「主は今生きておられる」(FR.ルフス・ペレイラ、小熊晴代訳、聖霊による関西地区委員会)は、深い学問的な研究に基づきながらも、その題名どおり「主が生きておられる」ことの喜びをあかしする単純明快な福音でした。現教皇ベネディクト16世は、このような生きた信仰をとても評価されるのですが、それは、教皇の「合理主義と新しい啓蒙の時代の大波がカトリック教会の土台を揺り動かし、冬の霜のように信仰生活の上に降りてきて信仰生活を冷やしました」という現状認識があるからだと思います。わたしたちは、実在とは、物質の質量からなる時空間という近代以降の世界観の中に生きており、目に見えない実在の可能性に疑問を持つ現代社会で信仰者自身も同じ合理主義と啓蒙主義的思考によって内面の葛藤に直面せざるを得なかったのです。そのような信仰の確信のない教会生活の中で、聖霊の新たな注ぎによって復活した主の現存との出会いに導かれ、荒れ野の乾ききった砂のような信仰が命の水に浸されて生き返ったのです。先の教皇ヨハネ・パウロ二世が、1996年の聖霊降臨の前晩に、「わたしたちの時代に与えられた聖霊の数ある賜物の中の一つに、確かに、私が教皇職就任の初期から、教会と人類にとって希望の根拠の一つとして認め続けていた教会の諸運動の開花があります」と聖霊による刷新のリーダーと諸運動のリーダーを前にして語られたことにもこのような背景があるでしょう。

 関西地区委員会では、ヘリベルト・ミューレン著「キリスト者の基本的体験の道」を復刻して聖霊セミナーで使うように推薦しています。三位一体論と聖霊論的キリスト論で名を馳せたミューレンの本は、聖霊による満たしの意味を深く解き明かしてくれます。この本によりわたしが理解できたことは、聖霊に満たされるとは、三位のペルソナが持つ関係性における存在(聖アウグスチヌス)の交わりに与り、それに応える存在として目覚めるということです。ドイツの哲学者マルチン・ブーバーが、「我と汝」という関係について分析した本がありますが、ペルソナの関係は、「我と汝」であって、決して「我とそれ」ではないと理解できました。それで、祈りの中では、聖霊に満たされて、「アッバ、父よ」(ローマ8章15節)呼ぶことができるのは、わたしたちが聖霊によって御子の霊をいただくからであり、それゆえにイエスと御父が持っておられるあの永遠の「我と汝」の交わりに与ることができるということなのです。この素晴らしい三位一体的な祈りは、まさに異言でしか表すことのできないようなものだと思います。(ローマ8章26~27節)

 上記のことは、現在のわたしの祈りに大きな変化を与え、祈りの生活に喜びをもたらしました。そこで、2010年の百日共同祈願は、教皇ヨハネ・パウロ二世の回勅「聖霊 -生命の与え主」の結びに書かれた文章の一部からヒントを得て、皆さまと共にこの世界のために、教会のために、そして私たちと私たちのかかわる方々に新しい聖霊降臨の恵みを願いましょう。

 「教会は自分の信仰をたえず告白します。すなわち、この創造された世界に、造られたものでないたまものである霊があります。この方は実に、御父と御子の霊です。すなわち、この同じ方が、御父と御子のように、造られず無限であり、永遠で全能であるかた、神、主なのです。神のこの霊が、『全世界に満ちる』のです。そして創造されたものはみな、自分の本来の姿の源泉をこの霊の内に見いだし、超越した表現を発見し、この方に身をささげ、この方を待ち、自分の全存在をあげてこの方に語りかけるのです。人間はこの方に対して、弁護者であり真理と愛の霊にたいするようにかかわります。この霊に、人類の心である教会はより頼みます。それは、霊にすべての人のための賜物を願い求め、また霊をとおして『私たちの心に注がれている』愛のたまものをすべての人に分配するためです。教会は、地上における人間の現世の旅路の入り組んだ道を通って聖霊へと方向転換します。そして、人間の行為の誠実さを霊自身のわざとして、しかも少しも中断することなく渇望し続けます。・・・中略・・・実に、平和への道は、つまるところ愛を貫いて続いており、愛の文明が造られることを目指しているので、教会は、御父と御子の愛である方に自らの鋭いまなざしをしっかりと向けます。さらにたとえ危険が増しても、教会は信頼することをやめず、人間の平和を祈り求め、この世界で平和のために奉仕することをやめません。教会の信頼は愛の霊であるがゆえに平和の霊でもある方、また『全世界』を愛情と平和で『満たす』ために、この人間世界において、良心と心の地平に現存することを決してやめることのない方に、しっかりと据えられているのです。」(1986年5月18日聖霊降臨の祭日、教皇在位第八年 回勅「聖霊」P149 ~151引用、中央協議会出版)

それでは、皆さま、2010年の幕開けに向かって、百日共同祈願の開始を宣言します。

 2010年元旦から4月10日まで9回目の百日間を共に祈りましょう。
(はがき本文)

✞ 聖霊、来てください。生命と喜びとの霊よ
来て、あなたと、御父と御子との完全な交わりを一人ひとりにお与えください。
永遠の生命と喜びとにおけるあの交わりを
人はそのためにこそ造られ、
そのことにこそ向かっているからです。
(教皇ヨハネ・パウロ二世の祈り)
 
  皆さまの意向:



栄光は父と子と聖霊に。 初めのように今もいつも世々に。 アーメン。

2009年12月25日  
聖霊による刷新 関西地区委員長 畠 基幸
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