マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 第12回百日共同祈願ミサへのお招き

 第12回百日共同祈願ミサへの招き

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
           その名はインマヌエルと呼ばれる。」(マタイ1章23節a)


 ♥ 皆さま、主のご降誕と新年明けましておめでとうございます。

 2011年、三位一体の神、父と子と聖霊の交わり、神の愛といのち、インマヌエル(「神我らと共にいます」)の祝福に満ちた一年となりますように祈ります。

百日間を百日間連続してミサの中で皆さまからの意向を加えて、教会に新たな聖霊降臨の恵みを祈る共同祈願を奉納する百日共同祈願ミサは、今回で12回目となります。9月15日から始めて12月23日に終了した第11回目は、ハガキの共同祈願の枚数が928枚になりました。これまで毎回800枚を超えなかったのに、初めて900枚を超えました。多くの方々の賛同を得て毎回一日も欠かすことなく祈り続けられたことは、わたしにとって大きな恵みで、皆さまに感謝申し上げます。わたしは、この期間に還暦を迎え、何よりも健康に恵まれ司祭職を毎日果たすことができたことが喜びとなりました。

さて、新たな百日間として始めるのに、冒頭のみことばがインスピレーションとして浮かびました。ご存じのようにマタイ福音書の第一章23節の引用です。イエス・キリストの誕生の次第をのべる箇所で、ヨセフはマリアが聖霊によって身ごもっていることを表ざたにせず、ひそかに縁を切ろうと決心した時に、天使により、生まれる子はイエスと名付けるように命じられます。イエスの名前の意味は、自分の民を罪から救う(神は救い)からだと告げられ、これが旧約のイザヤの預言の成就として、インマヌエル(神我らと共にいます)の名の実現であることが明らかにされます。このことは、聖ヨハネも語っています。「ことばは肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。(ヨハネ1:14)」この度の百日祈願の最終日に、まことに、イエスは神を啓示する秘跡で、わたしたちの内にインマヌエルを実現する方だと祈りの内に感嘆したのでした。「インマヌエル、インマヌエル、その名はインマヌエル」と何度か唱えて歌うと、主の現存を感じたのでした。

新たな聖霊降臨の恵みを祈り求める共同祈願は、譬えてみるとそれは、新たな聖霊降臨が待降節にも似て終わりの日の主の来臨を待ち望むような気持ちです。待降節は、わたしたちがすでに到来されたキリストの降誕を祝うと同時に、終わりの日に来られる再臨のキリストの終末に向けて歩むわたしたちに、道の案内役のように初めの聖霊の体験を思い起こさせてくれます。それは、教会にとっては、聖霊降臨の出来事ですし、わたしたちにとっては洗礼の恵みであり、聖霊に触れられた回心の恵みのときであり、聖霊による刷新による聖霊の満たしであります。このような聖霊降臨の体験は信仰の継続にはどうしても必要だと思えるのです。

聖霊降臨の恵みを受けた初代教会の人々の熱意は、宣教へと駆り立てられました。次世代へと受け継がれるにつれて、その体験を伝えるために制度が設けられる。創立の時の熱意がなくなるとその制度は魂を失うように色あせていく。歴史は繰り返すと言われるようにどんな修道会のカリスマもまた教会自身も経験したことです。そして個人においても、洗礼の時の熱意が、或いは奉献生活や叙階の時の初期の熱意が枯れてくることがあります。こういう時に、再び燃え立たせる火が注がれることがあります。何よりも、それは、イエスの終わりの時の経験、この世からご自身の御父のもとへ移る夜に残された奉献の祈りに結ばれる時(ヨハネ13章~17章)、わたしたちは新たな霊を注がれます。聖霊による刷新は、そのような体験です。今、日本の社会全体が、神を見失い、個人主義的な生き方と物質主義的な生き方に毒されて、さまざまな絆が断ち切られる痛みに苦しみあえいでいます。そして、教会自身もその毒を飲み、影響を受けて悩んでいます。無縁社会の出現です。高齢者ばかりの教会、働き盛りの男性のいない教会、若者たちが集まらない教会、そして信者籍があっても所在も分からなくなった膨大な数の信者の群れ。これは、終わりの時のしるし、少なくとも教会の衰退のしるしです。若者たちがたまにクリスマスや復活祭に教会に来ても、その霊的な価値が失われた教会の典礼では、心に触れる機会がなく、救いの価値を認めることができず、教会を侮る機会になってしまうとしたら、わたしは何とも悲しい気持ちです。

つい最近、ある青年のために祈りました。突然のクラッシュ症候群です。筋肉が硬直して臓器多機能不全に陥りました。洗礼は受けていてもほとんど教会には来ないで社会の中で一生懸命に働いていた青年です。力尽きて生命の危険にさらされていました。彼の上に手を置いて、「父よ、あなたの子をわたしたちのもとにお返しください。」と祈りました。するとすさまじい熱が手に留まり、いやしの力が満ちあふれてくるのを感じました。「教会に、この子を返してください。」何度もその言葉があふれ出ました。不思議な祈りで、こんなふうに祈ったことはなかったのです。若者たちは教会の祈りを侮り、祈って何になるのと悪態をつきうそぶく。だが両親や教会の人たちは若者たちのために教会に戻って欲しいとどれほど切に祈っているかは、主が御存じなのです。その青年はクリスマスのイブの日に奇跡的に回復し、医者が驚いていたとお父さんの弾む電話の声を受けました。

百日共同祈願の祈りは、このような家族の絆を紡ぎ信仰を回復させる祈りです。皆さまが、個人的にも、共同体的にも、さまざまな現代の苦しみを目にし耳にして、その苦しむ人たちの隣人となり、主の十字架の贖いの力、聖霊の力、いやしとゆるし、和解の賜物を取り次ぎ祈り求めることは、インマヌエル、主がわたしたちと共におられる恵みを体験することになります。わたしは、「インマヌエル」は、単なる神の名前ではなく、ペルソナである神の本質を意味することばだと悟りました。神は神でありながらわたしたち内に留まり対話の相手となって共におられる方です。この方は三位の相互の愛の交わりであり、またわたしたちの内に「神我らと共にいまし」(インマヌエル)としてわしたちの肉を聖化し命あるものとされます。この方こそ、別の弁護者(ヨハネ14:16)、命の与え主、聖霊であると新年も皆さまと共に分かち合えるならば 幸いです。(Ⅰヨハネの手紙1:1-4)

第12回共同祈願は、2011年正月元旦から4月10日(四旬節第五主日)までの百日間を祈ります。どうぞ皆さまの意向をハガキに書き入れてわたし宛に送ってください。ご一緒に教会に新たな聖霊降臨が与えられますように祈りましょう。

 ✙ 聖霊 来てください。
   来て、わたしたちと共にいてください。
  (皆さまのご意向を書き入れるスペース)

 結び:わたしたちの父である神よ、
   この供えものをささげ、ゆるしといつくしみを祈り求めます。
   聖マリアと聖ヨセフの取り次ぎをうけいれ、
   わたしたちの家庭(教会)を 恵みと平和のうちに守ってください。 
   わたしたちの主・イエス・キリストによって。 アーメン
   (共同祈願に参加する奉献者の霊名と名前)

2011年度の関西聖霊による刷新委員会主催の計画は以下の通りです。

▼短期集中聖霊セミナー 4月1日~3日  宝塚黙想の家 (売布)
指導者 畠 基幸
▼聖霊による刷新 司祭黙想会 5月29日(日)~6月4日(土) 福岡黙想の家 (宗像)
指導者 ロバート・ファルシィ神父(イエズス会)、チェリル・グエン女史(奉献者)
参加費用:お一人6泊7日 6万円 (29日夕食~4日昼食) 
     最大参加25人受付(講師謝礼、日本語通訳付き)

※司祭黙想会運営のため献金を募集中です。関西委員会(事務局 川瀬)までご連絡ください。
 黙想参加者の費用だけでは、講師二人の講師謝礼と往復旅費と通訳者の費用が捻出できません。参加される司祭・修道者も交通費と参加費をご自分で負担なさいますので、受益者負担の原則で費用を計算すると司祭にとっては高額になりすぎます。したがって司祭が参加しやすいように参加費は固定にして、残りの経費は黙想会を主宰する関西委員会が負担することになります。前年度の例では、司祭黙想会の赤字は、20万円程度です。司祭が霊的にリフレッシュされれば、その働きと恵みは信徒の皆さまに倍増されることになると思います。どうぞ、よろしくお願いします。

▼第15回聖霊による刷新関西大会 8月27日~29日尼崎、ニューアルカイックホテル
 指導者 シリル・ジョン氏 (「聖霊に駆り立てられて」(聖母文庫)の著者)

2010年12月26日聖家族の祝日にて
聖霊による刷新関西委員会委員長
畠 基幸 CP
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