マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 悲しみの聖母のノベナの祈り (続)

「悲しみ苦悩する全ての人のため悲しみの聖母修道院(宝塚市売布山手町1-2)では、女子御受難会員が十字架のもとに立たれる聖母マリアの取り次ぎを求めてお祈りしています。」との伝言を院長様から預かりました。
 
 11年間連続年間自殺者数3万人を超える日本、今年は4万人を超えるかもしれません。これはイラン・イラクのテロ被害者や戦死者よりも多いのです。
 明日からうつ病の対策週間が始まると聞きました。長期間、うつで、いつ治るともわからない抑圧された気分の晴れない生気のない毎日を送っておられる方々のために 祈りましょう。

聖母の悲しみのノヴェナ (Benedictine Booklets)

  ああ 聖なるおとめ、苦しみに貫かれたおとめ、殉教者の元后よ、
あなたは 十字架のもとに立ち、死に逝く御子の苦悶を目の当たりにされました。
あなたの一生涯の絶え間ない苦しみ、そして今は過ぎ去った試みに報いて余りある至福を通して母の優しさと憐れみをもって、私を観て下さい。
あなたの悲しみを崇めるため御前にひざまずき、子供の信頼をもって、傷ついたみ心の至聖所でお願いします。
イエズス・キリストのいとも聖なる御受難と、あなたの十字架のもとでの苦しみの功徳によって、私自身のためにもお願いいたします。
どうかお二人の一致によってお聞き入れ下さい。
おお、憐れみの御母よ、あなたは御子の杯を底まで飲み干されましたから、
私の今の必要と惨めさをあなた以外の誰に持って行けるでしょうか?
あなたこそは島流しの世で未だに嘆息する者の嘆きに同情することがおできになります。
                                   アーメン

わたしの祈り:わたしたちはこの世では島流し、「捕囚の民」との理解です。シスターマリア・ドローレス長谷川(韓国御受難女子修道会所属)の訳です。荒野での試みの時、イエスのことばは力強い。「人はパンだけでは生きるものではない。神の口から出る一つ一つのことばによって生きる。」現代の荒野のなかで、パンのためにだけ働くことに病みつかれている。「神のことばによって生きる。」神を信じることのできない現代の状況の中で、このことばは虚ろに響くのだろうか?信じたいが信じられない。自分を明け渡し、ゆだねることができない。これはなぜだろう。御子と聖母の二人の愛と信頼は死をもいとわず、御父のみ旨として最悪の悪を受諾した。御父への信頼を貫くことによって、不信の壁を打ち砕き、和解の恵みをわたしたちにもたらすために罪のあがないとなった。愛は悪の企てを無にする。このことに力づけられて、原罪のように自分にのしかかる十字架を神の意志として受けとめる恵みと力を願い求めましょう。
 わたしとわたしのかかわりのある方のすべての罪のゆるしと恵みを願って

*  悲しみの聖母への祈り
おお、愛と悲しみの御母よ、
あなたは世がイエズスを捨て去ったとき、忠実に留まり、
主を慰める者が誰もいなかったとき、主とともに悲しまれました。
どうか私たちに、あなたがイエズスを愛されるように愛させて下さい。
そうしてこのような愛をほしければ、常に苦しまねばならないなら、そうさせて下さい。
どうぞ私たちのために取り次ぎ、神様の御手から来るものを全て好み、
苦しみ、悲しみ、死さえも主からのものとして愛させて下さい。  アーメン

おお マリアよ、御悲しみの功徳によって常にあなたの忠実な子とならせて下さい!
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