マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


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 待降節 第四主日

サムエル下7章1-5,8b-11
ローマ 16章25-27節
ルカ 1章26節ー38節
説教ノート:

 「似たもの」 類比的だが 両親に似た子供の例から・・・
  この発想の源は、南アフリカのルムコ研究所発行のテキスト
  「共に歩む旅」(オズワルド・ハーマー著 深堀純訳)の
  使徒信条の解説、セクション21からです。
  ここでは「イエス・キリストを信じます」で、
  A わたしたちの生活 において 母親と子供の絆が描かれています。B 神のことば は 今日の福音と同じ個所、 
  ルカの福音書1章26節~38節までが選ばれています。
  C さらに一歩進んで旅を続けよう・・・
  ここで イエスには人間の父がなく、イエスは聖霊によって
  マリアに宿られたことが指摘されます。

  考えるポイントとして、
  イエスの父が神ご自身と公言(使徒信条)しています。それならば、「イエスは父に似ているはずです」。また「イエスは母マリアにも似ているはずです」。それらはどのような点でしょうか?・・・

 「似ている」「似ていない」の判断、どこにそれを求めますか?
これはアイデンティティのことを考えさせてくれる問いなのではないか? 私たちのキリスト者としてどこまで父なる神、イエスに、そして母マリアに似たものとなっているか? 同じ生き方をしているのか? 教会としてイエスと似たものとなっているかなどなど・・・

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