マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


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 生活と祈りの作業場 第五集会

第五集会 自己放棄を通して安らぎへ

今日のみことば: 民数記 9章15節~23節

 前回の取り組みの分かち合い(一週間の課題の報告)

 メッセージの要点
第一部 a)あることは否、あることは然り
    b)敵を生みだしているのは自分です。
    c)苦しんでいる人たちは他の人を苦しませます。

第二部 a)見えるもの、見えないもの
    b)唯一の突破口としての信仰
    c)わたしたちは何も分かっていません。


あなた達も今のこの瞬間に回顧して自己分析し、自分の過去を振り返ってみさい。そうすれば、八年前、十年前、あるいは十五年前に起こったこと、自分の人生の最大の不幸と思っていたあの事柄を今日では納得し、幾度となくそれが自分たちの人生の中での最大の恵みだったと思えるのです。あなたはその事柄でどれだけ変わったことでしょう。どれだけ荘厳さと平安のうちに成長していったことでしょう。幾倍もしあわせで自由だと感じています。すべての善はあそこから生まれ出たのです。もし私たちが御父が持っておられる永遠性のビジョンを持っていたとすれば、あらゆる困難や矛盾に出会っても、それらを御父の特別の慈しみと考えていたに違いありません。あのカルワリオでの惨劇を歴史の中での最高の恵みであると誰が考え得たでしょうか。一体私たちは何を分かっているのでしょうか。

根本の真理は、力強い愛の御手を以て全てをお導きになる御父御自身であります。つまり、さまざまな現象と表面を越えて、私たちの身の回りで起こることには全てを企画立案し、整理整合し、許し、整える一つの御手があるのです。

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