マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


<< ドレミの会 新年もちつき大会 | main | 1月12日 年間 第一月曜日 >>

 主の洗礼 (1月11日)

この方は水と血を通って来られた方 イエス・キリストです。
 「これはわたしの愛する子、わたしの喜び。」

集会祈願 全能永遠の神よ、ヨルダン川で洗礼を受けられたイエスにあなたは聖霊を注ぎ、愛する子であることを示してくださいました。洗礼によって新たに生まれ、あなたの子供とされたわたしたちが、いつもみ心に従うことができますように。 聖霊の交わりの中で・・・

第一朗読  イザヤの預言(イザヤ55章1~11節)

答 唱   典礼聖歌 164
     (イザヤ 12章2,4,5)
第二朗読  使徒ヨハネの手紙 (1ヨハネ5章1~9節)

 アレルヤ 見よ 世の罪を取り除く神のこひつじ

福 音   マルコによる福音(マルコ1・7-11)

 「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえた。


共同祈願: 
奉納祈願 いつくしみ深い父よ、 主の洗礼の祝日に、この供え物wをささげて祈ります。世の罪をあがなう御子の奉献に、わたしたちが一つにむすばれますように。わたしたちの主イエスキリストによって
黙想のヒント:
 「イエスは洗礼を受けられた」

 降誕節、インマヌエル(わたしたちとともにいる神)を祝った教会は、年間主日の典礼においてイエスの生涯の道をたどる。イエスが語る福音、目に見えない神の似姿、肉となられたみことば、愛された神の子としての道を歩み成長していく。わたしたちは日々それを黙想する。こうしてわたしたちも創られた目的に到達する。

 インマヌエルとして啓示されたイエス・キリストは、神の愛を具体的に目に見える形となる。洗礼の出来事は、わたしたちにとって最高の福音、神からの愛の申し出です。

「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適うもの」神のみこころは、ご自身の命のなかにわたしたちを浸すことです。こうしてわたしたちは神の子の命を生きる者となります。古いアダムは、力づくで神のようになろうとして、木の実を取ってたべて、死を身に帯びたが、しかし、新しいアダムは、自らを低くして、十字架の死、人間の悲哀、冤罪と裏切りを受け、自らの命をもってわたしたちにいのちを与えた。「これをとって食べなさい」と・・・神の命、聖霊はいのちを与える霊として世に来られる方です。こうして教会の時代が始まりました。・・・
 
 今年の司牧計画を立てなければ・・・ 堅信式のことが気になっています。 洗礼の中に組み込まれて よく理解されていないかもしれませんね。 これをカテケーシスすることを一つの柱にしたいです。
 
「わたしよりも優れた方が、後から来られる。・・・」



 

このページのトップへ