マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


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 十字架の聖パウロ (御受難会創立者)

 十字架の聖パウロの祝日は、10月19日で今年は日曜日であるため主日のミサが優先されます。御受難会固有の典礼であるので小教区ではお祝いしていませんでした。しかし、今年は、日生中央教会と池田教会との合同バザーで、マリア幼稚園も「マリアまつり」を行います。
 この良き日、両教会の司牧担当司祭かつ幼稚園副園長の松本一宏神父の霊名の祝日にあたり、御受難修道会の使命を生き司牧者としての成長を願って十字架の聖パウロのとりなしをお願いいたしましょう。

 十字架の聖パウロの伝記は、御受難会で出版したものは、ウォード・ビドル神父が書き下ろした「十字架の使徒ー霊的日記付き」と、女子修道会が出版したベネット・ケリー神父の「聴こう、主の愛を」とポール・フランシス・スペンサー神父の「十字架の聖パウロの生涯」があります。
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 生誕300年を記念して出版されたスペンサー神父による十字架の聖パウロの伝記は、聖パウロにゆかりのある故郷や場所や人物の写真と共に、聖人の創立者としてのカリスマの足跡を伝えてくれます。スペンサー神父の序文によれば、十字架の聖パウロの生涯を語るにあたって、「御受難会の創立者として使命に光をあてて書いたとあります」と述べています。時代背景ともに修道会を創立するインスピレーションが次第に形になるプロセスの中に、「私たちが祈るとき、すべては可能となる」という創立者の信念の葛藤の歴史が刻まれていることをスペンサー神父は上手に描いてくれたと思います。どうしてこうもうまい具合に司教や教皇と知己になり、友情を交わすようになれたのか?そこに心に刻まれたしるしが目に見える歴史に姿をあらわすカリスマの力と真実があると思います。ビジョンは幻想ではなく信仰の実りだったと・・・
 十字架の聖パウロは、堅信の秘跡(1719年春)を受けた夏、その頃は十年に一回くらい司教が巡回してきたときに行われたようで、その時、パウロはすでに25歳で、19歳のときに回心と呼ぶ心の変化を体験したが、まだ召命の道への具体的な方向はなかったのでしたが、生涯を決定するビジョンを見ました。
 1720年の末、パウロは次のように書き記しています。

「去年の夏、ある平日のこと、カステラッツオのカプチン教会で、わたしは自分が無価値であると強く意識しながら聖体拝領しました。わたしは深く内省したのち、家へ帰ったことを覚えています。道を歩きながら、わたしは祈っているときのように心を集中させていました。自分の家へ曲がる道の角に来た時、自分の存在の最も深いところで、わたしは神のうちに引き上げられ、他のことをすべて忘れ、すばらしい内的平安のみに満たされました。すると、わたしは自分が黒の長い服に包まれているのを見たのです。胸には白い十字架があり、十字架の下には白い文字でイエスの名が書かれていました。それを見た瞬間、次の言葉がわたしに語られるのを、はっきりと聞いたのです。『これは、イエスのみ名が刻まれている心が、いかに純粋で汚れのないものでなくてはならないかを表しているのだ』と。 これを目にし、耳にした直後、わたしは泣き始め、そして幻は消えました。
 この後すぐ、わたしは心の中で、真っ白なイエスのみ名と十字架をつけたスータンが自分に渡されるのを見ました。スータンは黒であった。わたしは喜びにあふれてそれを自分の胸に押し当てました。」

 御受難会員がつけている胸のバッジは、このビジョンから来ています。

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