マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 十字架の聖パウロの手紙 

あなたが深い神の現存の思いに圧倒されるなら、他のどんな祈りも行おうとしないで、その神の現存の感覚を味わいなさい。神に自分を委ね、神に憩い、すべての思い煩いを神の御手にゆだねるのです。明日のことは思い悩まず、今の時を生きればよい。今においてこそ神はいつも善き喜びに満たしてくださるからです。"...When a deep recollection comes over you from the Presence of God, accept it without attempting any other prayer. Abandon yourself to God, rest in God, and turn over to him the care of everything. Do not worry about tomorrow; live for the moment, fulfilling the Good Pleasure of God always..."

~Paul of the Cross' letter to Agnes Grazi 10th letter on April 17, 1734 in Volume #1 - Paul's Letter #72
スザン・M・ハーカー(Suzanne M. Harker)さんの霊的サークルから

nissei01コルベの森だより表紙絵から 

 悲しみの聖母 (御受難会の特別保護者)

九月一五日 悲しみの聖母
御受難会特別保護者 (御受難会固有祝日)

伝統的なものを引き継ぎつつ、一九六四年の第三八回総会で満場一致の賛成によって、悲しみの聖母はわたしたちの修道会の第一級の保護聖人として定められました。これは一九七二年に第一回世界シノドスで、新しい御受難会固有のカレンダーが準備されるに当たり、関係者の問合せによって確認されました。総長顧問会はそのような決議やそこに出席しているすべての修道者の円満な同意を見て、教皇庁に公認を求める手続きをすることを決定しました。教皇パウロ六世は、一九七三年三月八日付の短い書簡の形による使徒書簡「Quam Ardens」によって「悲しみの聖母マリア」が御受難修道会の第一級の保護聖人であるとして公認し宣言しました。
悲しみの聖母の祝日を祝うことは、聖母とともにキリストの御受難の神秘の中に参加を深める機会をすべての御受難会員に提供するものです。彼女を崇敬することは、創立者の足跡に従うことでもあります。創立者は個人的な信心によっても、手紙や説教、すべての使徒職の働きの中でも、御受難の中で聖なる御子と一致している聖母を深く崇敬していました。

賛歌
   ①

十字架の下に御自分を置き、
母は嘆きつつ泣きながら、
最後までイエスの傍らに立たれた。

悲しみの母は、
その汚れなき御心を通して、
イエスの悲しみを分かちつつ、
すべての苦き苦しみを耐えておられる。
剣はその御心を刺し通した。

一人子を深く祝された母は、
どんなに悲しみ痛みを持って苦しまれたことか。
キリストは苦しみの十字架の上に、
母はその下で、
死に行く栄光の息子の心痛を看とられる。


その悲しみが深すぎるため、
涙することなき方が一人。
苦しむキリストを
見つめ続ける敬慕すべき母
言葉なく苦しむ母のその心を、
人間の心はどれだけ味わいつくし、
反復することが出来ようか。

打たれ、嗤笑され、呪われ、汚された心を…。
むち打たれ血塗られた、
いつくしみそのものの息子を見つめる母。

同胞の罪の故に、命が取られるまで、
絶望的な十字架につるされている御子を看取る母。
キリストよ、あなたがわたしを呼ばれるとき、
あなたの母がわたしの避難所でありますように。
あなたの十字架が私の勝利でありますように。
アーメン。




   ②
アダムの悲しい罪の後に、
彼の子供等は自らの運命を見た。
正義は為されなければならなかった。

失われた恩恵、悲しみ、反逆者の肉、
暗い死、祝福されながらも無効にされた希望。
これらすべては罪深い民の上に押し被せられた。

だれがこのアダムの子供を助けるのだろうか。
神お一人ががそうされなかったなら、
神以外の誰がそれを完全に贖うことが出来ただろうか。神以外の誰かを捜しても無駄だ。

神御自身こそが
重荷を負う肉なる者を保証されたのだから。
神は苦しみ、償う。
わたしたちに対する愛のあまりに、
ご自分で罪を贖われる。

これがすべてではない。
イエスの母は共に立つ、
わたしたちが贖われるために、
イエスの御受難に
母の悲しみを添えて参加されるのだ。

私たちの確かな母であることを証する
悲しむ母の姿を、
わたしたち皆はいつも思い起こす。

栄光は父と子と聖霊に。
初めのように 今も いつも 世々に。 アーメン。
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 十字架の称賛の祝日

十字架の称賛の祝日は御受難修道会にとっても会の固有の祝日です。

 この日の時課の典礼の読書課では十字架の聖パウロの手紙が会員にとっては決められた朗読箇所になります。

 読書課
第二朗読 
十字架の聖パウロの書簡集より
(Lettere II,825; 1, 184, 275,277)
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 悲しみの聖母のノベナの祈り (続)

「悲しみ苦悩する全ての人のため悲しみの聖母修道院(宝塚市売布山手町1-2)では、女子御受難会員が十字架のもとに立たれる聖母マリアの取り次ぎを求めてお祈りしています。」との伝言を院長様から預かりました。
 
 11年間連続年間自殺者数3万人を超える日本、今年は4万人を超えるかもしれません。これはイラン・イラクのテロ被害者や戦死者よりも多いのです。
 明日からうつ病の対策週間が始まると聞きました。長期間、うつで、いつ治るともわからない抑圧された気分の晴れない生気のない毎日を送っておられる方々のために 祈りましょう。

聖母の悲しみのノヴェナ (Benedictine Booklets)

  ああ 聖なるおとめ、苦しみに貫かれたおとめ、殉教者の元后よ、
あなたは 十字架のもとに立ち、死に逝く御子の苦悶を目の当たりにされました。
あなたの一生涯の絶え間ない苦しみ、そして今は過ぎ去った試みに報いて余りある至福を通して母の優しさと憐れみをもって、私を観て下さい。
あなたの悲しみを崇めるため御前にひざまずき、子供の信頼をもって、傷ついたみ心の至聖所でお願いします。
イエズス・キリストのいとも聖なる御受難と、あなたの十字架のもとでの苦しみの功徳によって、私自身のためにもお願いいたします。
どうかお二人の一致によってお聞き入れ下さい。
おお、憐れみの御母よ、あなたは御子の杯を底まで飲み干されましたから、
私の今の必要と惨めさをあなた以外の誰に持って行けるでしょうか?
あなたこそは島流しの世で未だに嘆息する者の嘆きに同情することがおできになります。
                                   アーメン

わたしの祈り:わたしたちはこの世では島流し、「捕囚の民」との理解です。シスターマリア・ドローレス長谷川(韓国御受難女子修道会所属)の訳です。荒野での試みの時、イエスのことばは力強い。「人はパンだけでは生きるものではない。神の口から出る一つ一つのことばによって生きる。」現代の荒野のなかで、パンのためにだけ働くことに病みつかれている。「神のことばによって生きる。」神を信じることのできない現代の状況の中で、このことばは虚ろに響くのだろうか?信じたいが信じられない。自分を明け渡し、ゆだねることができない。これはなぜだろう。御子と聖母の二人の愛と信頼は死をもいとわず、御父のみ旨として最悪の悪を受諾した。御父への信頼を貫くことによって、不信の壁を打ち砕き、和解の恵みをわたしたちにもたらすために罪のあがないとなった。愛は悪の企てを無にする。このことに力づけられて、原罪のように自分にのしかかる十字架を神の意志として受けとめる恵みと力を願い求めましょう。
 わたしとわたしのかかわりのある方のすべての罪のゆるしと恵みを願って

*  悲しみの聖母への祈り
おお、愛と悲しみの御母よ、
あなたは世がイエズスを捨て去ったとき、忠実に留まり、
主を慰める者が誰もいなかったとき、主とともに悲しまれました。
どうか私たちに、あなたがイエズスを愛されるように愛させて下さい。
そうしてこのような愛をほしければ、常に苦しまねばならないなら、そうさせて下さい。
どうぞ私たちのために取り次ぎ、神様の御手から来るものを全て好み、
苦しみ、悲しみ、死さえも主からのものとして愛させて下さい。  アーメン

おお マリアよ、御悲しみの功徳によって常にあなたの忠実な子とならせて下さい!
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 十字架の聖パウロの手紙から

アグネスへの手紙の中で 信心をするためにできるだけよく寝て、頭をすっきりさせておくようにとの指示です。 今は毎日が寝不足で、病人訪問をするのを控えています。これがメールで飛んできたのは私への警告のためかもしれません。タイムリーです。

"... keep yourself recollected; keep your spirit raised...; take what nourishment you need out of love for God; sleep as much as you need so that your head may be clear and prepared for your exercises of piety."~Paul of the Cross' letter to Agnes Grazi 4th letter on August 10, 1733 in Volume #1 - Paul's Letter #62

 悲しみの聖母のノベナの祈り

9月15日は悲しみの聖母の祝日です。 それに先立って9日間の祈りがささげられます。百日共同祈願はこの日から始めますが、今続々とハガキが到着してます。

 悲しみの聖母のノヴェナは 九日間の祈りで 9/4日から 12日まで(13日は十字架称讃の前晩なのでその前に終わります)。
わたしはどのように祈るのかよく分からないので御受難会の悲しみの聖母修道院院長に聞きました。
女子修道院では次のようにしているそうです。
 「私たちはずっと 伝統的に守っています。
ひばりヶ丘ではずっとバイブルヴィジルの祈りをしていました。
第一日目はノヴェナの初めでモノローグといったところ
第二日目から悲しみの聖母の7つの御悲しみの一つずつを第8日目まで黙想します。第9日目は結びの日でエピローグといったところ。
個人的に、悲しみの聖母の道行きをしたり、悲しみの聖母のロザリオを唱えたりもします。」

悲しみの聖母の伝統的なラテン語の祈りを掲載します。
八百年間教会の中で祈り継がれてきた祈りです。
生命山のフランコ神父さんが訳しました。
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 8月26日 神の御母 福者ドミニコ・バルベリ 記念

「神の御母のドミニコ」として知られるドミニコ・バルベリは1792年ヴィテルボ(イタリア中部)に生まれた。22歳の時、神から使徒職への召命を受けた。農場での仕事を辞め、御受難修道会に入り、精神と心における類まれな才能を発揮した。1818年司祭に叙階された後は、教職、司祭職、霊的指導を務め、哲学・神学・説教などの文筆に精を出した。十字架の聖パウロの精神に満ち、特に英国の人々を教会の一致へと導くことに力を注いだ。1840年にベルギーに御受難会を設立した後、1842年に英国に渡り、神が召し出された使徒職に疲れることなく生涯を捧げた。多くの英国国教会の人々がカトリック教会にやって来たことは彼にとって大きな慰めとなった。そうした人々の中に、高名な枢機卿ジョン・ヘンリー・ニューマンがいる。1849年8月27日、レディングにて帰天。
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 聖母の被昇天

(典礼の朗読箇所、公式祈願文は A、B、C年 共通)

 第一朗読:
 ヨハネの黙示 11章・19a、12章1-6節、10ab
 第二朗読:
 使徒パウロのコリントへの手紙 1コリント15章20-27a
 
 福音: ルカ1章39節~56節
 
 マリアの賛歌(マニフィカト)は、毎晩 マリア自身の歌を教会の祈りの歌として歌う。小教区ではこの歌を一緒に歌うことができないのが残念です。この歌には、福音の希望が語られる。まさに神の国は愛と正義が抱きあう恵みの日を神様が実現してくださるからです。

 主がはしために目を留めたから、このはしためは今、救い主である神をほめたたえ、将来は、いつの世の人もわたしを幸いなものと言う。50節まではマリアの個人的な体験が先どられ、51節以降は、神の国が実現する希望に満たされる。歌のテーマは、主なる神のあわれみは主を怖れるしもべやはしための上に、世々限りなくとこしえに続くことを述べるが、それはマリア様において聖霊が降り、みことばが肉となることにより、神の国が始まった。

 貧しい人のテーマが始まり、貧しい人の祈りが聞き遂げられる。イエスの十字架の贖いの死により、神の国が成就したからです。貧しい人が祈るのは難しい。飢えや病気、人間らしさを奪うあらゆる差別と不当な扱い。十字架のイエスは、その姿にご自身の姿を現され、呪いのしるしを祝福に変容することをなさったです。他者の救いのために命を与え、赦しを祈ることを教えてくださいました。ヨブが祈った時、すべての呪いが解けて、以前にもましてヨブが祝福されたように、あらゆる隔ての壁が打ち壊されます。神の国はこのように始まっているのです。加害者の罪のゆるしを願う祈りよりも、被害者が加害者をゆるしと救いのために祈ることの方が神はより多く聞かれる。これは和解と一致のための神のなさり方のようです。人間的にはとても苦しく、時間と熱意のいることですが平和のための道なのです。キリスト者には、すべてのことがらに、苦難すらを賛美と感謝をささげて神の栄光をたたえるのは大いなる救いです。

 
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 聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者

8月14日(金)
 入祭唱
 わたしの父に祝福された人たちよ、あなたたちのために用意された国を受け継ぎなさい。わたしの兄弟のもっとも小さな者の一人にしたのはわたしにしてくれたのである。(マタイ25章34、40)毎日のミサ

 集会祈願
 信じる者の力である神よ、あなたは聖マキシミリア・マリア・コルベの心を汚れないおとめマリアへの愛で燃え立たせ、宣教の熱意と隣人愛で満たしてくださいました。聖人の殉教を記念し、その取次を願うわたしたちが神の国のために自分を捨てて人々に仕え、死に至るまで御子イエスに従うことができますように。

 集会祈願に、コルベ神父の聖性の特徴が描かれています。一週間前には、聖コルベ記念館を訪問して、日本での生活は使徒職の一端を味わうことができました。
<聖コルベ記念館で検索>
 http://www1.odn.ne.jp/tomas/seikorubekann3.htm

 コルベ001

 夏休み 旅行記 (4) ご変容の祝日

長崎の爆心地に立ち寄ったあと、一路 小長井へ向かう。記念小長井

 ここでは、ご変容のミサをみさかえの園むつみの家で重症心身障害者(社会福祉法人聖家族会)たちとともにささげて祈りました。

ここでのミサの説教は、自分の司祭職を振り返り、説教とミサだけをしてきたのではなく、小さな人々への奉仕を心がけてきたことを、幾つかの例を挙げて話されました。
 最初の赴任地では、新米神父の私が最初にしたことは家庭訪問を行い、貧しい家の信者の子供たち、127名が授業料を払えないためにカトリック教育を受けられないと分かり、無料でカトリックの小教区小学校に行けるように司教に訴えて実現したことでした。当時、政府の学校は無料で行けるのですが、宗教教育をしないとはいえ、ヒンズー的な色合いの濃い太陽を拝むことを教えていたのです。また、ヨセフ会のシスターが貧しい子供たちのための施設をつくると聞き、三人で住んでいた司祭館をシスターに譲り、自分たちは廃屋に移動したことがありました。また、これを聞いて、マザーテレサがムンバイで最初の施設を作るために相談に来られた時に、丁度工場が閉鎖されるのを聞き、交渉してその工場の跡地をシスターに貸与することができたこ、などなど・・・神父さんが典礼や説教黙想会で口だけで実行をしないのではなく、愛の行いを心がけてきたことを話されたのです。淡々と話され自分の手柄をひけらかすといのではなく、置かれた場でのキリストの愛の精神を生きることについて話されて、30名ほどの重度の障害者の園生たちは、ルフス神父の話に耳を傾けていた。
 
 そして、叙階後16年をへて、小教区でシスターたちの誘いにより1972年以降ルフス神父さんは聖霊刷新にかかわり、ムンバイで聖霊の祈り会をしていたころ、マザーテレサがカリスマの祈り会に参加して、ルフス神父の祈りを願ったこと、なんと謙遜なことか・・・いったい誰がマザーテレサの頭に手を置いて祈ることができるでしょうか。ルフス神父は、60年代後半からムンバイのマザーテレサの会の指導司祭をしていたけれども、マザーに手をのばして祈るなんて何と恐れ多いと躊躇していたら、マザーはルフス神父の手をご自分の頭に手を置かれたのです。マザーは幼子のような素直な心でルフス神父の祝福と異言の祈りを受けられたのです。このほか、カリスマ刷新の祈りのおかげで、奇跡的にアルコール中毒者が解放されて、また薬物中毒者が解放され、それぞれアルコール中毒者のための厚生施設、薬物中毒者のための厚生施設がムンバイに設立され、数年前に25周年を迎えたことを話し続けられました。ルフス神父のカリスマ刷新との出会いとその確信はそのような社会的な弱者とのかかわりによってはじまったことを証しされたのです。

ルフス神父の説教の結論というか落ちは、わたしの受けた印象ですが、「ご変容のまばゆい光は、あらかじめ十字架と墓の意味を悟らせた。その光は死者をよみがえらせ世に命を与える霊となられた。原爆の光は死と破壊をもたらしたが、イエスは、私が来たのは、命を与えるため、しかも豊かに与えるために、十字架を担い、死んで、最後の晩餐に約束されたように聖霊を世に与えられました。こうして聖霊降臨の光は命と恵みをもたらす爆弾となった。カリスマ刷新とは、そのような命を与える爆弾です。」わたしはこの光を皆さんの上に祈ります。

この後は、聖母の騎士園(小長井修道院)の三人の司祭を表敬訪問し、案内役のシスター鎌田が、聖霊の満たしと病気のいやしをお願いしますと言われていたので、私がルフス神父さんをIAE(国際祓魔師協会)の副会長として紹介し、話を、欧米や日本でので新宗教が流行し、東洋の霊性がうけているけれども、ヨガやサダナなど源はヒンズーを原点にしている祈りは危ないということは、さまざまな病気の原因にそういった霊的な影響があるので、いやしと解放の祈りによって目覚ましい結果があることなどが、ルフス神父さんの最近の働きですと切り出すと、神父さんたちは好奇心と同時に驚かれた様子でしたので、ルフス神父はそちらの方へは話を続けず、ローマで日本人のグループと一緒に勉強し、特に松永司教さんと浜尾枢機卿さんとの交わりなどイタリア語で神父さんたちとローマの学校の思い出や人物をはなされたのちに、ご自分の体験を少し話されました。また神父様たちは、インドで最近起こったヒンズー教徒とイスラム教徒の関係を聞き、祈りの霊の識別はなによってわかるのかなどの質問をされました。その後、カトリック教会のアイルランドのダブリンの大司教の報告など心を痛めることを話し、みさかえの園や聖母の騎士園のようなもっとも困難な奉仕職に主の祝福を祈り、神父さんたちの病気の体の回復と健康を祈りました。

聖母の騎士園
写真のコンベンツアルの神父様方は、左から末吉矢作神父、アルビン神父、二人間を置いて萩原栄三郎神父、末吉神父さんはコンベンツアルの最初の邦人司祭、アルビン神父はポーランドの教区司祭、聖母の騎士のシスターの霊的指導者として来日。
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